異様な臭気のよどんだ薄暗い部屋の隅に、ボロや毛布をしいて3つの細い身体が横たわっています。まん中の男の子はすでに硬直した死体となっており、その右に黄色い蝋人形のような父親が光を失った目を大きく見開いて仰臥しています。重体ですがまだ生きているようです。

 母親の方はいくらか元気らしく、死にかかった赤ん坊を抱いて、もう吸う力も失せた小さい口に黄色く干からびた乳房をふくませようとむだな努力を続けていました。

 私たちを見ると父親は、それでもやっとの努力で震える両手を合わせながらかすかに会釈をしてみせました。

「この子も、この子も死ぬわ。かわいそうな赤ん坊……」

 今まさに息をひきとろうとして、かすかに手足を痙攣させている赤ん坊をみると、2人の姉妹は母親にとりすがって身も世もなく泣きくずれてしまいました。

病気に苦しむ少女に
我が子を重ねてしまった

 私はふと、故国に残してきた幼い娘のことを思い出してたまらない気持ちになりました。このままほうっておけば、この家族はおそらく半月もたたぬうちに、みんな同じ運命をたどることでしょう。

 今は一刻を争う追撃作戦の最中ですが、目の前で死の手につかまれてゆく哀れな人々をどうしてそのまま見捨ててゆくことができましょうか。

 午にはまだかなり早かったのですが、「大休止。昼食と車両の点検」と部隊に昼食を命じた私は、衛生兵と、中学の英語教師だったS兵長を呼ばせました。

「こりゃひどい……」集ってきた小隊長たちも、あまりの惨状に言葉もありません。

「気休めみたいなものだけど……」そういいながら気のいい衛生兵は赤ん坊とふた親にビタカンファを注射してまわりました。

 やっといくらか落ち着きを取り戻した姉妹からS兵長の通訳できいた話は次のようなものでした。

 ラシオで相当な暮らしをしていたこの家族は、戦争を避けてジャングルを転々する内に一家全部がマラリアにおかされ、この小屋にたどりついた時にはもはや一歩も動くことができなくなっていたのでした。