2人の小隊長が話し合っているそのラシオまでは、ここから自動車で1日行程。火砲をひく牽引車と弾薬兵員を満載したトラック以外、予備の車両を持たぬ私どもにはどうにもならない距離です。

人を救いたい気持ちは
戦時中であっても変わらない

 正直、私はえらいものにかかわりあったことを後悔する気持ちでした。今は戦争の最中です。ビルマ人の一家族がどうなったからといって……。

 急に小屋の外が騒々しくなって、何かを投げつける音とけたたましい羽音がきこえ、

「畜生、まだてめえが来るのは早いや」

 と兵隊の罵る声がきこえました。あの貪婪な葬儀屋の禿鷹がもうやってきたのです。

「よし、乗用車を使おう」

 私は決心しました。中隊長の自分は一時牽引車に乗って指揮をとり、乗用車に曹長とこの家族を乗せて後方の友軍のいる部落まで送り届けよう。

書影『父の戦記』(週刊朝日編、朝日新聞出版)『父の戦記』(週刊朝日編、朝日新聞出版)

 それから先は、この家族の運しだい。すくなくともこんなジャングルにいるよりはましなはずです。しかし、この家族にとっても、私どもにとっても倖せだったことには、この苦肉の策が実現されずにすんだことでした。

 その時運よく傷病兵運搬の軍用トラックが第一線から後退してきました。そしてこのトラックに家族全員の後送を依頼することができたのです。

「だいじにな」

「早くよくなれよお」

 口々に叫びながら手を振る兵たち。遠ざかってゆくトラックの上に、身をのりだしながら別れを惜しむビルマ人の姉妹。禿鷹でしょうか、黒い大きな鳥の影がゆっくりと道の上をよこぎってゆきました。

※本記事には、今日の人権意識に照らして不適切と思われる言葉がありますが、内容の持つ時代背景を考慮し、そのままといたしました。