いや、お金によほど余裕があるのかも。店舗の立地を気に入った可能性もある。人は見た目ではわからない、とも自分に言い聞かせた。あとから思えば、「早く店を手放したい」という気持ちでせいていた。
売り手も買い手も契約を急ぎ
2週間足らずで株式譲渡が成立
M&A仲介による第三者への事業承継は、顧客と業者が秘密保持契約やアドバイザリー(助言)契約を結びつつ、候補選定→詳細資料の開示→トップ面談→条件交渉→買い手の意向表明→基本合意→デューデリジェンス(事業や資産などの適正評価)→細かい条件の調整→株式譲渡契約→決済・株式譲渡、と手順を踏むのが一般的だ。
洋菓子店が対象の今回のM&Aでは、買い手のほうも契約を急いでいた。
トップ面談から2週間足らず。株式譲渡の契約は、4月17日に同じ場所で交わされた。株式の売り手と買い手が、2通ずつ作成された契約書類に淡々と署名し、判を押し合っていく。
決済と株式譲渡もその場で実行された。譲渡額が少額のケースではよくあるパターンだ。株式代金の100万円はネットバンキングで振り込み、売り手が入金を確認すると、銀行通帳や印鑑を机の上ですすっと差し出して引き渡し、M&Aの手続きが完了する。
握手はなし。「よろしくお願いします」と言葉を交わし、売り手の経営者はレンタルオフィスを出た。
これから起きるトラブルを、まだ知る由もなかった。
洋菓子店の創業は1973年
200年先を見据えていた
100万円で手放した洋菓子店の運営会社「T社」は、1973年に創業した。
「カンタベリ」と冠した洋菓子喫茶を、高田馬場駅前のビル、小田急百貨店の新宿西口ハルクと町田店に構えていた。手放す直前までは、再開発で閉店した新宿店本館や外務省内にも出店。銀座の工房でモンブランやチーズケーキをつくり、外部の喫茶店にも卸していた。
当時のホームページには、こんな紹介文があった。
「初代代表が米国人F氏の協力を得て創業して以来、永くご愛顧いただける洋菓子と気軽にくつろいでいただけるカフェの理想を追求して参りました。欧米と東京の融合を発祥とした伝統を踏まえながら、『次の50年、さらには100年、200年』の歴史を刻むべく、ネオ・クラシックなテイストの洋菓子とカフェの会社として、進化し続けていきます」







