創業者は2022年1月、T社の株式を手放し、経営から退いた。高齢で跡継ぎもおらず、新型コロナの流行による行動制限で売り上げが激減し、金融機関からの借り入れは6000万円を超えた。

 その株式を250万円で譲り受けたのが、複数の会社を営む冒頭の経営者だった。M&Aのマッチングサイト「バトンズ」を通じてカンタベリと知り合い、買収後は自己資金を投じて経営改善を図った。飲食はこれが初の挑戦だった。

経営は毎月100万円の赤字
結局は会社を手放すことに

 だが、2022年も客足の回復は鈍く、毎月100万円前後の赤字となり、不足分は自己資金でまかなった。5つの店舗で売り上げは年2億円近くあったが、当初は100人近い従業員を抱え、不動産や仕入れなどのコスト負担も重い。経営する他の会社にも手を取られるようになり、外務省などの店を閉めたうえで、3店舗と工房を同業者に託せないかと考えた。

 こんどは売り手の立場から、バトンズのサイトに2023年1月、会社の売り情報を登録した。バトンズとの間では、ただのサイト利用者ではなく、事業譲渡の手法や譲渡額、交渉や契約締結にかかわる助言も含む「事業引継ぎエージェント業務委託」契約を結んだ。サイト利用のみの場合と比べて報酬は高くなるが、業務手数料は成約価額の5%(税別)で、最低価額は税込みで165万円。ほかの仲介業者と比べたら格段に安い。

 登録して間もなく、「御社に興味を持つ会社がある」と連絡を受け、紹介資料が送られてきた。それが東京・丸の内に本店を置くL社だった

 資料によれば、L社は2021年11月に設立。従業員はグループ全体で50人、売上高は101.4億円(2022年10月末時点)で、「異業種一体型企業として年商200億円を目指す」と書かれている。傘下に年商60億円超の貿易会社を持ち、飲食業も経営しているとの記述も見つけたことから、「これなら安心できる」と面談に進むことにした。

譲渡した後にも
つきまとう責任

 そして迎えた冒頭の場面――。

 L社の社長だという63歳のH氏は口数が少なく、どこか頼りない印象に映った。ただ、連れてきた28歳の若い男はマジメそうに見えた。