「自分が中心になって引き継ぐ」「福島県で営む結婚式場にもケーキを出荷させたい」と熱心に話す姿を見て、任せてみようという気持ちになった。

 提示された売値が100万円で、2023年4月17日に株式譲渡契約が交わされた。買い主に課された譲渡後の義務の1つが、前経営者が背負っている「経営者保証」を2カ月以内に解除することだ。

 経営者保証とは、金融機関から法人が融資を受ける際に、代表者などが融資の連帯保証人となって債務を保証することを指す。法人の返済が難しくなった場合に、代わりに返済を求められることになり、個人保証とも呼ばれる。

 株式を手放して会社の経営から離れるのに、経営者保証を背負ったままでいいはずがない。解除するまでの間に保証人としての責任を追及された場合は、買い手がその責任を負うことも契約書には明記されていた。

 株式が譲渡された同じ日に、H氏がT社の代表取締役に、連れていた若い男が取締役に就き、カンタベリは新体制のもとで再出発した。

 その日から2カ月間は、事業を引き継ぐため、前経営者は顧問の立場で残る約束になっていた。

リモート会議にすら
顔を出さない新経営陣

 社員には「大きな会社で資金も豊富だ」とH氏らを紹介した。だが、いざ新体制に移行しても、H氏らはほとんど会社に来なかった。

 会社を取り仕切ると言っていた若い男も週1回の店長・幹部間のリモート会議に顔を見せず、理由をきくと「今のスタッフに運営を任せたい」と言い出した。不安の芽が膨んだが、株式を明け渡した者が口を挟むべきではないとも考えた。

 とはいえ、その後も身を引こうにも引けない事情があった。約束の2カ月が過ぎても、経営者保証が外れなかったのだ。

 T社の社長になったH氏が、メインバンクの信用金庫へ自ら出向くことはなかった。電話をかけても出ない。連絡のつく若い男に催促すると、「もうすぐやる」「もう少し待って」と返ってくるが、なかなか動かない。