妻に食事をさせる夫写真はイメージです Photo:PIXTA

妻の介護のために、45年続けた会社を手放した75歳の元経営者。「これで肩の荷が下りる」と思った矢先、銀行口座は凍結され、生活のすべてが奪われた。事業承継の手段として広がるM&Aの現場で、いま何が起きているのか。“経営者保証”という見えない鎖に苦しむ老経営者たちの実態に迫る。※本稿は、藤田知也『ルポ M&A仲介の罠』(朝日新聞出版)の一部を抜粋・編集したものです。

コロナで抱えた2億円超の負債が
のしかかって個人口座を凍結された.

 75歳になるY氏が暮らす東京都杉並区の自宅には2024年春、光熱費や携帯料金などの請求書が続々と届いていた。引き落としに使っていた銀行口座が凍結されたからだ。

 M&A仲介業者から勧められたL社と株式譲渡契約を結んだのが2022年6月。1年半余りが過ぎた2024年1月に銀行で2度目の不渡りが出され、銀行取引ができない事実上の倒産となった。経営者保証が外れておらず、不渡りが出た当日から同じ銀行の個人口座が差し押さえられた。

「地獄に突き落とされた気分で、夜も眠れない」

 自宅近くの喫茶店でそう訴えたY氏が会社を手放した動機は、体調を崩した70代の妻の自宅での介護だった。

 1978年創業のS社は、大学や企業などの研究機関で使われる分析機器の設計と生産を手がけた。東京五輪を控えた2010年代後半にはドーピングの検査機器で受注が数多く舞い込み、消耗品やメンテナンスも合わせると年に数億円の売り上げがあったが、コロナ禍で2期連続の赤字に陥り、2億円超の負債を抱えていた。