人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。今回、訳者でありサイエンス作家の竹内薫氏にインタビューを実施。本書の魅力について語ってもらった。(取材、構成/小川晶子)

「ホモ・サピエンスの衰退はすでに始まっており、絶滅は不可避」。感染症、戦争、AIの進歩…。人類絶滅のシナリオがリアルすぎる画像はイメージです Photo: Adobe Stock

人類絶滅をリアルに感じさせてくれる本

――竹内さんは、ヘンリー・ジー氏の前作『超圧縮 地球生物全史』に続き『人類帝国衰亡史』の翻訳をされています。竹内さんから見て、今回の『人類帝国衰亡史』の面白さはどんなところにありますか?

竹内薫氏(以下、竹内):人類が絶滅するということをリアルに感じさせてくれる意味で、ショッキングな本ではありますよね。生物学者は当然ながらわかっているわけですが、一般の人たちは人類が絶滅するなんて考えていないと思うんですよ。

 SF作品には繰り返し描かれていますけど。今、人類の繁栄はピークを迎えていて、2025年10月現在で世界人口は約82億人です。ピークということは、必ず減少していきます。それも急激に減少する可能性もあります。

 本書を読むと、それがリアルな問題として認識されると思います。「ホモ・サピエンスの衰退はすでに始まっており、絶滅は不可避、しかもそれは今後一万年以内に起こりうる」というのが本書の主張です。

急激に人類が絶滅する可能性もある

――ホモ・サピエンスが実は遺伝的多様性が少なく、脆弱な存在なのだということに驚きました。

竹内遺伝的多様性が少ないために、感染症で一気に人口が減り絶滅に向かうというシナリオがありうるわけです。

 たとえば鳥インフルエンザが発生したとき、1羽でも感染が確認されるとその農場全体の鶏を殺処分しますが、テレビを見ているだけでは「なぜそんなに処分しなくてはいけないんだろう」と疑問に思うかもしれません。

 でも、動物の世界から未知の感染症が入って来ただけで、一気に人類が絶滅するおそれだってあるのです。新型コロナウイルスのときもそうですよね。これだけグローバル化された世界で、人の行き来がある現代においては感染症が絶滅の引き金になるというひっ迫感があるのです。

 絶滅の要因となるのは感染症だけではありません。AIの進歩、科学技術と戦争、気候変動……。本書を読むと、絶滅が対岸の火事ではないことが理解できるんじゃないでしょうか。

 ただ、面白いエピソードが多く、ユーモアに溢れているんですよね。「絶滅から逃れる方法もあるぜ」って希望も示してくれていて、話は宇宙まで広がっています。分厚い本ですが、気が付いたら読み通してしまっているんじゃないでしょうか。読後感もいいのが素晴らしいと思います。

――人類の滅亡というシリアスなテーマでありながら、科学的な知識もわかりやすく面白く書かれていて、あっという間に読んでしまいました。希望も書かれていて良かったです。

人類についての新しい発見

――『人類帝国衰亡史』は発売後すぐに重版するなど、とても売れているそうですが、理由はどういうところにあると思われますか?

竹内:まず装丁が素晴らしいですよね。この分厚さで2200円という価格も手に取りやすい理由の一つなのではと思います。

 もちろん、内容が面白そうだということがあります。人類についての新しい知見には興味を引かれると思うんです。たとえば、かつてネアンデルタール人は我々ホモ・サピエンスとは関係のない人類の系統だと思われていました。

 でも今はネアンデルタール人の遺伝子を我々が引き継いでいることがわかっています。では、なぜネアンデルタール人が絶滅してホモ・サピエンスだけが残っているのか。気になる話ですよね。

 また、約90万年前には地球上の人類のうちで子孫を残せる大人の数がわずか1280人に減少したという研究が示されたのも衝撃的です。そこから約10万年もの間、人類は絶滅寸前だったのです。

 それが今や82億人ですからね。興味深いし、知りたいと思うのではないでしょうか。

誰もが読みやすい本にする工夫

――本書は科学的な知識がなくても読みやすく、躓くことがありませんでした。ご自身がサイエンス作家であり、多くの著書がある竹内さんが、科学的な専門知識を一般の人に伝えるために意識していることはありますか?

竹内:専門用語についてはかなり気を遣っています。一般の読者が読みやすい本にするには専門用語を使わずに内容を伝えたほうがいいんです。

 一方で、知識のある人が読めば、専門用語を使わないことで逆に混乱してしまうおそれがあります。適宜、専門用語を使って注釈を入れるなど、悩みながら書いていますね。

 翻訳について言えば、英語と日本語は構造が違うので、単に訳しただけでは意味が取りづらいという問題があります。カッコに入るような文章が長いとき、英語だとすんなり理解できるのに日本語だと難しいんです。

 そういう場合は文を分けるなどして、なるべくスムーズに読めるように意識しています。

(本原稿は、ヘンリー・ジー著ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史〈竹内薫訳〉に関連した書き下ろしです)