「正直なところ、戦時下に妻が軍人というのはうれしいことではないよ。彼女は任務で前線に行く時もあるし、基地にいればミサイルやドローンでやられる可能性が高い。でも国民が生存していく為に戦わなければならない。彼女を尊敬も応援もしている。でも内心は心配で、不安からイライラする時もある。できれば平穏に暮らしたいけれど、戦争が俺たちの日常なんだ」
ソフィアがキーウに戻った日の翌朝、キーウ南部の郊外にあるボグダンの家を訪ねると、ちょうどソフィアがボグダンとゾリアナと一緒に、飼い犬の秋田犬「ヤマト」を散歩に連れて行くところだった。ウクライナでは秋田犬や柴犬などの日本犬が人気なのだ。静寂に包まれた森の中を愛犬と歩くソフィアと、久しぶりに姉に会えてはしゃぐ末っ子のゾリアナを見ていると、この国で戦争が起きていることを忘れさせる。
「久しぶりの我が家はどう?」とソフィアに聞くと、
「安心して眠れたのはうれしいけど、明日の朝にはまたリマンに戻ります。戦争が始まる前からヤマトと散歩をするのは日課でしたが、今はこうして散歩することが私にとっての癒しなんです。
戦場に行ってからは極力、人混みを避けるようになり、キーウで平穏に暮らす友人たちと会話をするのも躊躇うようになりました。彼らには今、戦場で起きていることは想像すらできないでしょう。だから休暇の時はこうしてヤマトと一緒に散歩をするか、家族と一緒に過ごします」
彼女は流暢な英語で語った。幸いこれまで戦傷を負うことはなかったが、戦場で経験する恐怖、現場で目にする悲惨な光景が心にダメージを与えていることは疑う余地が無い。私のように短期間しか戦場に滞在せず、物見遊山の者でさえ、戦場から戻るたびに人混みを避け、自然の中に入って、昂った精神を鎮めている。ソフィアは、18歳という若さで、PTSD(心的外傷後ストレス障害)に向き合っているのだ。
秋田犬のヤマトとともに休暇を過ごすソフィア(著者撮影)







