“地球はひとつ”というところを描きたい

怪談より頻繁に出てくるのはしじみ汁。トキたちは毎日、しじみ汁を飲んで、「あー」とほっこりしている。これはふじきさんの実体験だった。
「僕は松江生まれなんです。生まれてすぐ松江から離れましたが、母方の祖父母が松江市に住んでいて。中学生の頃くらいまで夏休みやお正月など、ことあるごとに松江に遊びに行っていました。だから松江の言葉にも少しなじみがありましたし、食卓にしじみ汁が必ず出た記憶があったので、今回、しじみ汁を描きました」
何も起こらない日常を目指すが、第4週まではトキの生い立ちの真相や、雨清水家の没落など、波乱万丈ストーリーではあった。
「トキの生い立ちを描くと、どうしても波乱万丈になってしまうんですよね。トキのみならず、ヘブンが松江に来る前も波乱万丈なんです。2人とも出会うまでは平和な日常を送っていない。それが、2人が出会ったことで変わります。これから先は貧しいけれど平和な家族というような状況がずっと続いていきます」
「小泉八雲さんが“オープンマインド”と言っていますが、自分が、自分がと、自分の正義ばっかり主張しないで、心を開いていくことが描けたら」と語るふじきさん。
「第5週でヘブンが日本に初めて来たとき、はたから見たら堂々としていたけれど、内心は全然知らない土地に来て怖かったことを描きました。松江の人たちは、ヘブンを“天狗”に例えるように、自分たち日本人とは全く違うと思っています。
これからはお互い全く違うと思う相手をどう受け入れていくかという物語になっていきます。あの時代、外国人と結婚して暮らしていくトキとヘブンの姿を見て、ざっくり言えば“地球はひとつ”というところが描けたらいいなと思っています」
「朝8時から『ばけばけ』がはじまる前のニュースでは、世界で続いている戦争をはじめとして、いろいろ心配な出来事が報道されています。そういうなかで『ばけばけ』を見たとき、ふと立ち止まって、平和について考える時間になるのもいいかなと思います。そんなに強く意識しているわけではないですけれど」
相手を受け入れるということは異文化だけではない。トキの父・司之介(岡部たかし)のようなちょっと困った父親も受け入れる懐の深さが描かれている。
「司之介も、その父の勘右衛門(小日向文世)も、自分の生き方を貫いていて、それがちっとも悪いとは思っていないんです。武士の生き方にこだわっていて。それがむしろ正しいと思っている。
でも現代の人から見たら、ちょっとそれはないんじゃないかと感じるでしょう。価値観の違いですよね。誰もが今まで生きてきた方法論をなかなか変えられないけれど、だんだん少しずつ分かりあっていくという話です。
司之介を演じている岡部さんとは演劇活動を一緒にやってきました。常に、悪気はないけれど他者から見たらすごく失礼で、それが悲劇や喜劇を生むという役割を担ってもらっていて。今回も、ちょっと無神経なところもあって困った人ながら本人はいたって真面目という役のニュアンスを見事に演じてくれています。
とても信頼できる俳優です。ヘブンを演じるトミー・バストウさんもとてもいい俳優さんです。これからのヘブンとトキの物語をお楽しみください」
ヘブンの登場ではじまる、本格的に特別なことが何も起こらない日々の生活を描いた物語に身を委ねたい。
ふじき・みつひこ
1974年生まれ。劇作家、脚本家。広告代理店勤務を経て、演劇活動や映像の脚本執筆を行う。不条理劇の第一人者である別役実に師事。主な作品に、『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』(橋田賞受賞)やEテレ『みいつけた!』、映画『子供はわかってあげない』(沖田修一監督と共同脚本)、『バイプレイヤーズ』『きょうの猫村さん』、岡部たかしと岩谷健司の演劇ユニット「切実」、ムロ式、シティボーイズライブの脚本などがある。







