すると、周囲にいる別のアリが攻撃行動に入ったり、幼虫をくわえて逃げたりする。素早く広がるフェロモンがコロニーを守る。

 アリにはこうしたフェロモンがわかっているだけで70種類あり、用途によって使い分けられている。

仲間の体臭の嗅ぎ分けが
巣全体の生存に直結する

 また、同じ巣の仲間かどうかは、「体表炭化水素」というにおい物質の比率で見分けている。働きアリは互いにグルーミングをし合って、体表炭化水素の成分を交換し、混ぜ合わせることで、同じコロニーのにおいをさらに強調し合う。

 体表炭化水素の比率は基本的には遺伝で決まっているのだが、遺伝要因だけでなく、グルーミングという環境要因の両方で仲間を識別できるようにしているのだ。

 アリのにおいでいうと、まだある。アリの体からは(1)元気で生きていますよ!というにおい(2)あまり元気がなくて死にそうです、という2種類のにおいが出ていることがわかっている。

 元気なうちは両方のにおいが分泌され、仲間同士仲良く暮らすけれど、元気がなくなると(1)のにおいが弱まる。ほかのアリたちからは「あ、この子はもうすぐ死んじゃいそうだな」と判断され、巣からゴミ捨て場へ連れて行かれる(きれい好きのアリは巣の外の決まった場所にゴミ捨て場を作る)。

 実験的に、(1)のにおいを阻害するような処理をすると、元気なアリでもゴミ捨て場に連れて行かれてしまったという。なかなかな実験だが、これによってにおいの重要性がさらに明らかになった。

 まだ生きているうちにゴミ捨て場というのは人間の感覚だと冷酷に感じるかもしれない。しかし、死骸を放置しておくと病原菌が繁殖して巣が危険に陥ってしまう。巣を守るためには必要な行動なのだ。

フェロモン以上に重視される
音を使った会話

 アリ=フェロモンによるコミュニケーションという印象が強いだろうが、研究者の間では、アリが音を発し、なんらかのコミュニケーションをしているということはよく知られていた。論文も古くから存在しているし、僕も知識と体験とで知っていた。