人々の視点から現象を理解するアプローチ
「エスノメソドロジー」と「会話分析」

――ここからは「図書館学」について教えてください。どういった学問なのでしょうか。

池谷先生

 現在は「図書館学」というより「図書館情報学」と呼ぶのが一般的です。私たち慶應義塾大学は「図書館・情報学」と「・」を入れていますが、入れないところが多いかもしれません。

 図書館学と情報学を発展的に融合し、個人や組織で生産された経験や情報といった知を、構造化し、いかに未来に継承していくか、を考える学問です。

 図書館に限定せず、さまざまな情報を対象とします。情報の視点から問題を発見し、解決方法を探ったりもします。

――先生は普段、図書館情報学において、どのような研究をされているのでしょうか。

 もちろん図書館に関する研究も行っているのですが、図書館に限らず、知識のマネジメントが組織でどのように行われているのかだったり、個人がどのように情報探索行動をしたり、生活の中で情報をマネジメントするのかだったりを、フィールドワークを通じて明らかにするということをやっています。

 その際に用いるのが「エスノメソドロジー」というアプローチです。エスノメソドロジーの基本的な考え方は、既存の理論を特定の現象に当てはめて整理するのではなく、「その現象がどのように成り立っているのか」を、特定の状況下の人や、活動に関わっている人の視点から見ていく点にあります。例えば、がんと診断された患者さんが、どのように情報を探し、生活を立て直していくのかを、ご本人の視点を基に深く理解しながら調査します。

――文化人類学で用いられるアプローチ「エスノグラフィー」とはまた違うのでしょうか。

 非常に近い関係にあります。エスノグラフィーも、あるコミュニティーに長期間滞在し、人々の視点を獲得しようとします。しかし、最終的には既存の理論を用いて分析・整理することも少なくありません。

 一方、エスノメソドロジーは、フィールドにおける文化を記述するという意味では同じで、さまざまな企業や学校、保育の現場、福祉の高齢者施設などへ通い、その現場(フィールド)で、メンバー間で使われている知識や文化の枠組みそのものに迫るものです。

 でも、分析してまとめていく際に、既存の理論は用いずに、あくまでも、メンバーが実際の活動において使う知識や文化を明らかにしようとするのが特徴です。

 また、エスノメソドロジーから派生したアプローチに「会話分析」があります。こちらは必ずしもフィールドワークを行うわけではなく、録音された会話そのものを詳細に分析することで、人々が会話をどのように組み立て、やりとりを成立させているのか、その構造を解き明かそうとするものです。

――エスノメソドロジーはどのような分野で応用できるのでしょうか。

 あらゆる分野で応用可能です。「エスノ」は「人々の」、「メソドロジー」は「方法」を意味します。つまり、研究者が方法を押し付けるのではなく、「人々の方法」を発見し、明文化します。

 これを共有・理解することで、例えば、「新しいテクノロジーを人々がどう使うか」を観察して製品開発に活かしたり、「業務プロセスをどう改善すればよいか」を現場の視点から見つけ出したりすることができます。実際に、ITサービスやテクノロジーのデザイン、組織の業務改善など、さまざまな領域で応用されています。

119番通報の分析から見えた
組織課題の解決策

――具体的な応用事例があれば教えてください。

 以前、119番通報の救急管制(※)について、分析をご依頼いただいたことがあります。
※119番通報を受けて指令管制員が対応し、緊急車両の出動を決定・指揮する一連の活動

 日本人口の高齢化に伴い、あまり重症でない方の通報が増加傾向にあり、救急車の出動回数が増加する中で、119番通報時のトリアージ(※)の検討がなされた時期がありました。今では当たり前ですが、当時はまだ本格的な導入はなされていなかったんですね。
※適切な処置や搬送を行うために、緊急度や重症度に応じて、傷病者の治療優先順位を決めること

 導入のために、まずは、司令管制員が市民からの119番通報にどのように対応しているのか、実際の通報のやりとりを分析する必要があり、「会話分析」を行ったんです。すると、通報を受けた司令管制員の対応方法が、大きく2つのグループに分かれていることが明らかになりました。

 1つめのグループは、緊急車両を出動させる上で必要十分な情報を聞き出せたと判断した時点で、通報者が話を続けていても、それを遮るように次の質問に移り、できるだけ最短で出動を決定させるグループです。2つめのグループは、時間をかけて丁寧に状況や症状などの情報を聞き出し、救急車が到着するまでの対処法もしっかりと指導していました。

――同じ司令管制員でも対応法が異なるのですね。

 理由は、彼らにインタビューをしてわかりました。前者の「早く決定する」グループは、電話受付のトレーニングを受けてきた人たち。一方、後者の「丁寧に聞く」グループは、救急救命士の資格を持ち、実際に救急車に乗って救急患者を搬送する経験を持つ方たちだったのです。

――緊急なので早く判断を下したほうがよさそうですし、状況や症状をきちんと把握するのも重要そうですし、その場合、どちらのほうが正しいのでしょうか。

 どちらか一方が正しいというわけではありません。前者は、「現場に向かう隊員にとってどのような情報が必要か」「どのような準備をして向かえばよいか」を想定しながら、「一刻を争うので時間をかけてはいけない」と、最低限必要な情報を短時間で引き出していました。

 一方で、後者のほうが、コミュニケーションが増え、通話時間も長くなります。しかし、「現場に到着後、どのような対処をすればいいか」「どの病院にどう搬送すべきか」「病院でどのような処置が必要か」と、現場に向かう隊員だけでなく、その場に駆けつけて来た一般人への指導や、搬送、その後の治療までを含めた全体のプロセスを踏まえると、後者のほうが、多くの情報に基づいて判断ができるようになるので、はるかに効率的であることが分析から明らかになりました。

 電話対応のプロが最短時間でさばくよりも、救急救命士の資格を持つ者同士のほうが意思疎通も図れ、結果的に質の高い医療処置につながる――。この分析結果を報告したところ、受け止められ、最終的に救急管制の受付は、救急救命士の資格と実務経験、両方を併せ持つ人が担当するという制度改革へとつながりました。

 これは、「その現象がどのように成り立っているのか」を、特定の活動に関わっている人、ここでは司令管制員の方たちの実践を基に明らかにしたことで、現実の課題解決に貢献できた例です。ここで鍵となるのは、119番通報において、どのような知識の枠組みに基づきながら、市民からの情報を収集し、消防署へ伝達するのか、つまり「情報のマネジメント」を活動に沿って明らかにできたことです。