ちなみに、ビジネス文書では、例えば「資料を下さい」のように、本動詞を使って述べるのは直接的すぎて避けられがちです。そのため、「資料をお送りください」のように補助動詞を使って述べることが多く、結果的に漢字表記を見ることは少なくなっています。
なお、「ほしい」に関しては、近年「食べて欲しい」という表記をよく見ます。こちらは、希望の意を強調しているためでしょうが、読みやすさからは好ましくありません。
では、ゆれやすい表記に関して、どのような態度が望ましいのでしょうか。
人によっては、なるべく漢字で書くべきだという意見もあります。漢字の方が意味が明確になるという主張がありそうです。また、文字数を節約できるメリットもあるかもしれません。しかし、漢字が多すぎると堅苦しい印象を与えますし、意味の強くないところまで漢字で書かれていると、読みにくくなります。さらに、「昨日」のように、読み方が確定できない場合も生じます。
他方、平仮名書きを好む立場からは、漢字を覚えるのが少なくてすむとか、漢字変換しなくて楽だという意見もあるかもしれません。また、柔らかな印象を与えられるという効果もありそうです。
しかし、平仮名が多くなりすぎると、読みにくくて意味が取りにくくなるのも事実です。また、柔らかな印象を与えるということは、視点を変えれば、厳密さに欠ける印象を与えることにもなりそうです。
結局、過ぎたるは及ばざるがごとしで、どちらかがいいと一方的に決めることはできないのです。
言葉を表記することの目的は、書き手が、言いたいことを文字にして、読み手に確実に伝えることです。表記には、書き手、表現、読み手の3つの要因がかかわります。漢字で書くか平仮名で書くかについて、書き手の好みだけで決めてはいけません。
言いたいこと(表現内容)には漢字と平仮名とどちらが適しているのか、さらに、情報が読み手に確実に伝わるにはどちらがより効果的か、まで考えるべきです。実際、読み手が子どもであれば、そのことに配慮して文字遣いを考えているはずです。
つまり、その文章を書く状況、書き手の立場、書き記す内容、読み手のありよう、それらに配慮して、文字は選ばれるべきなのです。そのように言葉のすみずみにまで気配りがなされてこそ、書き手と読み手を結ぶ文章表記になると考えます。
国立国語研究所(1983),『現代表記のゆれ』,国立国語研究所報告75
佐竹秀雄(1988),表記行動と規則、仮名の役割,『日本語百科大事典』,大修館書店
佐竹秀雄(1990),表記行動と漢字,日本語学11-11







