キムは高い生活物価と高額な私教育費、ソウルを中心とする首都圏への経済の過度な集中、低い労働生産性といった観点から韓国社会の現状を説明する。

 家が資産家でない庶民がこうした条件を乗り越えるためには、競争に勝ち抜き首都圏の大企業に就職する「黄金のチケット」を入手するしかない。この言葉は、OECDが2022年の報告書で韓国社会を表現する際に使ったものだ。

「黄金のチケット」を手に入れるための過酷な競争が韓国社会にあるとした。

 しかしキムはチケットの入手に成功した層は、それによって得た手元の金銭的余裕を社会の共同体に向けて使わず、子ども世代への再投資にしか使わない。これにより成功層は一種の「城」を構成しているというのだ。

 そして「黄金のチケット」を得られない人々は、限られた時間とお金の中でコストパフォーマンスを追求することになる。その最たる結果が、最も高いコストを求められる結婚と出産の放棄につながるというのだ。

 今の低出生率は2010年代のヘル朝鮮の中で育った「三放」世代(編集部注/2011年に誕生した韓国のスラング。恋愛、結婚、出産を放棄した若者世代を指す)が結婚・出産適齢期になった結果表れたものである。

韓国では保守も進歩も
似た者同士にすぎない

 冒頭の話に戻る。

 キム・ヌリは著書『私たちの不幸は当然ではありません』の中で、韓国において不平等・格差拡大や雇用の問題、教育・受験地獄、そして無限に続く競争といった深刻な社会問題が改善されない理由について、「韓国の二大政党がともに弱肉強食を野放しにする『野獣資本主義』を否定せず、ドイツに存在する社民主義的な視点が韓国には存在しないため」と指摘した。

「野獣資本主義」とは私もはじめて聞く言葉であったが、西独の元首相でドイツ社会民主党出身のヘルムート・シュミットが好んで使ったものだという。野獣の属性を持ち人間を喰らう資本主義を表し、これによる弊害から市民を守るのが政治の役割であり責務であると同氏は説いた。