アルツハイマーの予防に
もっとも効果的なのは運動

 こうした効果の多くには、体の仕組みの改善が関わっていると私は考える。運動は心臓を強化して、循環系の維持に役立つ。

 そして、ミトコンドリアの健康を改善する。ミトコンドリアは小さいけれど、細胞のなかでエネルギーを産生する(とりわけ)重要な細胞小器官だ。ミトコンドリアの健康が改善すると、今度はグルコースや脂肪を代謝する能力が改善される。

 その結果として筋肉量が増えて筋力が強くなると、体が筋肉に支えられ守られるだけでなく、代謝の健康も維持される。

 なぜなら筋肉がエネルギーを効率よく取り入れるからだ。リストは際限ないが、要するに運動は、人間という「機械」が長いあいだ順調に働くのを助けてくれる。

 もっと深い生化学的レベルでは、運動は実際に薬のように作用する。正確に言うと、体が内因性の薬物のような化学物質を自ら産生するように働きかける。私たちが運動しているときには、筋肉がサイトカインという分子の分泌を促す。このサイトカインが体の他の部分に信号を送ると、免疫系が強化され、新しい筋肉や強い骨の成長を刺激する。

 一方、ランニングやサイクリングなど持久力を鍛える運動は、脳由来神経栄養因子(BDNF)という別の強力な分子の分泌を促す。すると、脳のなかで記憶を司る海馬の健康と機能が改善される。

 そして、運動は脳の血管系の健康を守り、脳容積の維持にも役立つ。だから私は、アルツハイマー病を発症するリスクが高い患者を対象とするツールキットのなかで、運動は特に重要だと考える。

年を重ねた体は
想像以上に衰えている

 運動が寿命におよぼす効果を示すデータの内容にはほとんど反論の余地がなく、ヒューマンバイオロジー(人類生物学)のあらゆるデータとも遜色がない。

 しかしむしろ、運動は寿命を延ばすよりも健康寿命を維持するために、もっと効果を発揮すると私は考える。

 それを裏付ける確実な証拠は少ないが、正しく応用すれば運動は魔法のような効果を上げると私は確信する。