『「子供を殺してください」という親たち』原作:押川剛 漫画:鈴木マサカズ/新潮社
さまざまなメディアで取り上げられた押川剛の衝撃のノンフィクションを鬼才・鈴木マサカズの力で完全漫画化!コミックバンチKai(新潮社)で連載されている『「子供を殺してください」という親たち』(原作/押川剛、作画/鈴木マサカズ)のケース9「史上最悪のメリークリスマス(3)」から、押川氏が漫画に描けなかった登場人物たちのエピソードを紹介する。(株式会社トキワ精神保健事務所所長 押川 剛)
玄関を開けたら異臭、それでも叫ぶ父親の異様さ
心を病んでしまったという黒澤美佐子(37歳・仮名)をマンションから連れ出し、病院へ連れて行ってほしいと、美佐子の父親から依頼された。病院へ移送する当日、保健所の保健師も同行するはずだったが、父親は大ごとにしたくないという理由で断っていた。
マンションの部屋に強行的に突入すると、中はティッシュの山で異臭がたちこめていて、奥からうめき声が聞こえる。押川は想像以上の惨状だと気付き、マンションは大騒ぎになってしまう――というのが今回のあらすじだ。
このケースでは、依頼者である両親が娘の惨状を認識しておきながら事実を隠していたのだが、事務所のスタッフである実吉(仮名)はその事実に全く気づかなかった。依頼者にだまされることは私も経験したことがあり、若くて経験が少ないころはよくある話だ。
家族(多くは親)の「たいしたことない」という言葉を信じて、非常に安い金額で仕事を請け負ってしまい、大変な思いをしたこともある。一銭もお金を払ってもらえなかったケースもあった。
今回もそういったケースの一つだが、そのなかでも群を抜いている。
とりわけ印象に残っているのが、玄関ドアを開けた瞬間の臭いだ。臭いばかりはどれだけ言葉を重ねても読者に伝わらないのがもどかしい。
どの程度かといえば、玄関ドアを開けた瞬間にブワッと異臭が放たれ、マンションの住民が相当な数集まったほどだ。ドアの近くまで様子を見に来た人もいたし、踊り場や1階から美佐子の住まいをのぞき込んでいた人もいた。
臭いのもとは汚物である。よく見るとそれはティッシュに包まれていて、私の膝の位置くらいまで積みあがっている。汚物をくるんだティッシュが無数に、それこそ玄関からずっと廊下の向こうまで続いているのだ。
この光景を見た瞬間、私は驚愕すると同時に、私自身の尊厳を踏みにじられた憤りでいっぱいになった。
依頼者である父親は東海地方で校長をしていたというが、そんな人物がこんな風に人をだますのか。どこまで私という人間を底辺に見ているのだろう、というやり場のない思いになった。
さらに父親は、「早くするんだ!!早くゴミをなんとかしろ!!」と言う。
顔を真っ赤にして場違いな叫びをあげる父親を見て、今度は「これは大変なことになっているぞ!」という危機感に襲われた。娘は死んでいるかもしれない、死んでいてもおかしくないと、全身に緊張が走った。
美佐子は突き当たりの部屋で固まっていた。頭髪は大きなヘルメットをかぶったように膨れ上がっている。何年、いや10年単位で入浴していないのだろう。うす暗がりの中、私の声に反応して彼女は顔をこちらに向けたが、頭髪は1ミリも動かない。
両親はこの事実を知っていたんだな、と私は確信した。娘が正気を失い、汚物をくるんだティッシュがジワジワと自宅中を占拠していく様を、両親はどのような気持ちで眺めていたのだろうか。
写真で見た美佐子の知的で品のある面影は、もうどこにもない。あまりにも痛ましかった。
現代社会の裏側に潜む家族と社会の闇をえぐり、その先に光を当てる。マンガの続きは「ニュースな漫画」でチェック!
『「子供を殺してください」という親たち』原作:押川剛 漫画:鈴木マサカズ/新潮社
『「子供を殺してください」という親たち』原作:押川剛 漫画:鈴木マサカズ/新潮社







