自分の手紙が原因で、彼女を巻き込んでしまった。
場合によっては、彼女の仕事に悪影響が及ぶかもしれない。彼女に大変なことをしてしまった、という後悔の気持ちに今、彼は苛まれているのだ。
自分にとって、身近で最も大切に思う人間の心を傷つける、それが罪を犯すことの本質なのだ。
私は、彼が大切に思っている人のためにも、彼自身の未来のためにも、そして、彼のことを心配している家族のためにも、罪を犯した組織から抜けてもらいたかった。
社会を混乱に陥れた事件を冷徹に見つめ、反省し、組織の矛盾に気づいてほしいと願っていた。
彼らの犯行によって心に傷を負い、事件後もいまだに電車に乗れず、親の死に目にも会えなかった無辜の市民がいる。
そのようなことを繰り返し話をした。
彼は、茫然となり、目が虚ろになった。
そのとき、弁護人から彼に接見の申込みがあり、一時、取調べを中断した。
接見が終わった後、再び取調室で彼を取り調べた。
すると、彼は、温和な表情に変わり、私の顔をじっと見つめた。
「決めたのか」
彼はうなずいた。
「どっちに決めたのか。話す方か、話さない方か」
話さない方に、彼は首を縦に振った。
弁護人と接見して、対応を決めたようだった。
長い沈黙を破り
彼が発した言葉とは?
私は、彼が自分で選んだ道なので、その判断を尊重する旨を伝えた。
「もう、君の取調べをすることはないだろう。これが最後だから、最後に何か君の声を聞かせてくれ」
しばらくして、彼は、初めて言葉を発した。
「検事は何歳ですか」
それは意外な言葉だった。
問われるまま、私は自分の年齢を伝えた。自分とあまり変わらない年齢に驚いた様子だった。
初めて耳にする彼の声は、予想したよりも太く低いものだった。
「検事の話はよく分かった。自分でも組織の矛盾を感じていたところだ。起訴してほしい。起訴されて裁判を受ける中で、防弾チョッキの件について幹部がどのようなことを言うのか、自分の目で確かめたい。その上で、納得のいく説明をしていないと感じたら、組織を抜けたい。手紙の件で彼女にも大変な迷惑をかけた」と言ったのだった。







