それが最後だった。
その後、数年が経ち、地方で勤務していたとき、裁判例が掲載されている雑誌を見ると、この事件の判決が載っていた。
被告人らの名前は仮名になって伏せられていたが、何名かのグループに分けられて審理されていたうちの1つだった。
被告人らは、いずれも罪を認めているグループであり、執行猶予になっていた。
その量刑理由を読むと、その中に、「裁判で組織との矛盾を感じたので離脱する」と法廷で話した被告人がいた。
その年齢、経歴は、どう見ても彼であった。
『検事の本音』(村上康聡 幻冬舎)
彼自身、自分の判断で組織から抜ける決断をし、それが裁判所に認められて執行猶予となり、社会に復帰することになったのだった。
私は、彼が私との約束を守ってくれたことが嬉しくなり、取調べ時のことを思い出し、涙が出るほど喜んだ。
検事は、何も、罪を犯した人をすべて社会の敵であると思っているわけではない。
それぞれに人生があり、皆、一生懸命に生きているのだ。
だから、私は罪を犯したというだけの理由でその人の人生や人格を否定することはしない。
彼は、今も私の心の中にいる。
しかし、彼の心の中から「私」は消えているかもしれない。いや、むしろ、そうあってほしい。彼には過去ではなく、前を向いて歩いて行ってほしいからだ。







