集中治療室写真はイメージです Photo:PIXTA

凄惨な事件の被害者と向き合うとき、検事には「法律家」である前にひとりの人間に戻ってしまう瞬間がある。地下鉄駅員銃撃事件の被害者と初めて対面したとき、元検事の村上康聡氏は、言葉を発することさえできなかったという。無言で横たわる被害者の存在が、彼の心に根源的な問いを突きつける。※本稿は、弁護士の村上康聡『検事の本音』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

無言の被害者と向き合い
言葉を失った事件の思い出

 こんなつらい事情聴取は初めてであった。

 都内の地下鉄の駅員が、拳銃で腹を撃たれ、犯人が逃走するという強盗殺人未遂事件が起こった。

 奪われたものは、紙袋1つ。中身は、漫画雑誌、栄養ドリンクくらいだけだった。

 犯人はなぜ、銃撃してまでそんなものが入った紙袋を奪ったのか?

 犯人が奪おうとしたのは、無論、漫画雑誌や栄養ドリンクなどではなく、紙袋に入っているはずの売上金だったのである。そのために念入りに下見まで行うなど綿密で計画的な犯行だったのだが、結果はお粗末だった。

 劇画チックで笑止千万、だが被害者が出る何とも腹立たしい杜撰な犯行であった。

 逃走した犯人は、自己顕示欲が強く、その後、警察に出頭して逮捕、起訴された。

 ここからが、本筋である。

 この事件で、被害者は、全治不明の腹部銃創の重傷を負い、病院に搬送。数日間、ICU(集中治療室)で、意識不明の状態が続いた。

 その後の治療で生命の危機は脱したものの、脊髄・腰椎損傷、胃、腎臓等に、回復の見込みの困難な傷害を負っていた。それは、日常生活を送ることに支障を来すほどだった。