「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。企業とユーザーが共同で価値を生み出していく「場づくり」が重視される現在、どうすれば価値ある戦略をつくることができるのか? 本連載では、同書の内容をベースに坂田氏の書き下ろしの記事をお届けする。
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日本の従業員エンゲージメントは世界最下位
企業の人材戦略において、近年注目されている指標に「従業員エンゲージメント」があります。これは、従業員がどれだけ仕事に前向きで、会社に貢献したいと感じているかを示すものです。
米GALLUP社の「State of the Global Workplace 2023 Report」によると、日本のエンゲージメントは世界最下位という厳しい結果が出ています。
調査によれば、日本で「エンゲージしている社員」はわずか6パーセント。つまり、100人中94人は仕事に前向きではない状態にあるということを示しています。
これは、社員の努力不足が原因ではありません。
むしろ日本の職場には、構造的に「前向きになりにくい環境」が存在しているためです。
具体的には、次のような課題が挙げられます。
・目的が不明確な会議が多い
・意思決定に時間がかかり、変化に対応しづらい
・失敗を過度に恐れる風土が残っている
・上司の判断が絶対視されがちで、現場の意見が通りにくい
・業務量が多く、思考する余裕がない
こうした要因が積み重なることで、従業員は仕事に当事者意識を持ちづらくなり、その結果としてエンゲージメントは大きく低下してしまいます。
一方、同調査における第2位は米国で、意外な国が第1位という結果になっています。
どこだと思いますか?
従業員エンゲージメント世界1位は
「プラ・ヴィーダ」文化のコスタリカ
ランキング1位となったのは、中央アメリカ南部に位置するコスタリカです。人口約520万人の小国ながら、労働環境に対する評価は非常に高いことで知られています。
その背景には、同国が持つ独自の文化や制度が存在します。
◆心理的安全性を支える価値観「プラ・ヴィーダ」
コスタリカには、「人生を純粋に楽しもう」といった価値観を表す「プラ・ヴィーダ」という言葉があります。この精神は職場にも浸透しており、人間関係がフラットで、意見を言いやすい文化が築かれています。こうした心理的安全性の高さは、エンゲージメントを高める重要な要素です。
◆軍隊を持たない平和国家
1949年に軍隊を廃止した同国は、その分の国家予算を教育や医療に投資してきました。生活の安定や将来への安心感が、仕事への前向きさを支える大きな土台になっています。
◆オンとオフの切り替えが明確な働き方
残業は少なく、家族との時間を大切にする文化が根付いています。「働きすぎない社会」によって、集中力や仕事への満足度が自然と高まっています。
これらの要素が組み合わさることで、コスタリカは世界最高水準の従業員エンゲージメントを実現しています。
日本がコスタリカから学べる3つの点
文化や制度の違いはあれど、日本企業が参考にできるポイントは明確です。
1. 心理的安全性を確保する
自由に意見が言え、失敗を責めず学びに変える姿勢があるだけで、人は前向きに働けるようになります。
2. 仕事の目的と社会的意義を共有する
コスタリカでは観光や環境保全など、社会的意義のある産業が多く、人々が「何のために働くか」を自然と理解しやすい環境があります。日本企業も、「この仕事は何のために存在するのか?」を明確に示す必要があります。目的を理解できた瞬間、人は自発的に動き出します。
3. 働き方にゆとりを持たせる
無駄な業務や長時間労働を減らし、従業員に「余白」を与えることが重要です。心に余裕が生まれることで創造性が育まれ、パフォーマンスも自然と高まります。
遠くから発想を持ってくるという視点
日本では、長年にわたって続いてきた制度や働き方が固定化されています。同じ文化圏の中だけで改善を模索しても、抜本的な解決策は見つかりにくいものです。
だからこそ、コスタリカのような「遠い国」に学ぶ価値があります。異なる価値観に触れることで、思考の枠が広がり、新たなヒントが見えてきます。
もちろん、日本にも優れた点は数多くあります。
勤勉さ、品質へのこだわり、責任感の強さ、そして協調性。こうした強みが日本の産業を支えてきたことに、間違いはありません。
課題は、これらの長所が十分に発揮される「環境」が整っていないことにあります。
環境さえ整えば、日本人の持つ力はさらに引き出されます。
従業員エンゲージメントとは、人の才能を引き出すための「仕組みづくり」に深くかかわる概念です。コスタリカのような遠い国の視点を取り入れつつ、日本の強みを活かしていくことで、新しい働き方は必ず実現できます。
そして重要なのは、「日本はダメ」「海外が優れている」といった二項対立に陥らず、自国の強みと外部の視点を統合することです。
『戦略のデザイン』では、「遠くからアイデアを持ってきて戦略を立てる方法」を、体系的かつわかりやすく解説しています。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




