『進撃の巨人』は量子力学の世界?
量子力学の法則はあまりに奇妙なので、わたしたちはそれを理解できないだけでなく、直観的に拒絶しようとする。
「量子力学の世界では、私たち観測者はオセロのプレイヤーとして神相手にオセロを打つことになる。観測者ですらゲームのプレイヤーの一人として世界に取り込まれる」と藤井さんはいうが、この世界観を素直に受け入れるのは難しいだろう。
このことは、マンガ『進撃の巨人』で説明される。
壁のなかの世界は「古典力学」であり、ひとびとはニュートンの運動方程式で記述できる「予測可能で確定的な世界」を信じて生きている。
それに対して壁の外には「量子力学」の世界が広がっていて、そこには常識では説明できない重ね合わせや量子もつれがあり、観測によって現実がかたちづくられている。
『進撃の巨人』は、「巨人(量子)から身を守るために壁に囲まれた世界に住む人類が、壁の外に出ることでより高度な知識や技術に触れ、世界の真実を知ることになる」という物語なのだ。
わくわくするが、少し恐ろしい
映画『君の名は』をはじめとして、時空を超えるストーリーが若者たちに人気だ(藤井さんはアニメ『HELLO WORLD』を例にしている)。
じつはこれも、量子力学で説明ができる。
計算の各ステップで、特殊な量子状態を重ね合わせで保存する手法は「歴史状態」と呼ばれる。
この場合、「歴史」をさかのぼって別の分岐を試してみることが可能だ。
イーロン・マスクをはじめとしてテック業界に熱烈な信奉者がいるシミュレーション仮説では、わたしたちが存在する世界は高度な知的生命体によってつくられたコンピュータ・シミュレーションだとする。
もしこれがほんとうなら、過去の歴史は断片化されて巨大な量子コンピュータのサーバーに保存されていて、それに改変を加えると世界が分岐し、干渉が発生して未来は変化するだろう。
いまや物理学の最先端では「世界は情報からできている(it from bit)」が新たな常識になっていて、それが「世界は量子情報からできている(it from Qubit)」に進化している。
過去や未来を含めてすべてが(量子)情報ならば、いずれはそれを操作できるようになるかもしれない。
こうしたSF的な「量子の世界」への扉を開くのが量子コンピュータだ。
スーパーコンピュータでも数万年、数十万年かかる複雑な計算を一瞬で解いてしまうのが「量子超越」で、これが実現するとあらゆることが変わるとされる。
AI(人工知能)の知性も指数関数的に向上し、シンギュラリティ(技術的特異点)を超えて、人類に代わる“超知能”になるかもしれない。
私のような門外漢にも、そんなわくわくするけれどもちょっと恐ろしい未来を垣間見せてくれた藤井さんには感謝しかない。
(本原稿は、藤井啓祐著『教養としての量子コンピュータ』に関連した書き下ろしです。)





