世界の富裕層たちが日本を訪れる最大の目的になっている「美食」。彼らが次に向かうのは、大都市ではなく「地方」だ。いま、土地の文化と食材が融合した“ローカルガストロノミー”が、世界から熱視線を集めている。話題の書『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著)から、抜粋・再編集し、日本におけるガストロノミーツーリズム最前線を解説。いま注目されているお店やエリアを紹介していきます。

【NYタイムズ一面】観光都市でもない“北九州市の寿司屋”が世界の舞台に立てたたった一つの理由Photo: Adobe Stock

客の9割は外国人 北九州「照寿司」

 寿司屋の白衣に蝶ネクタイ。ものすごい目力で客を見つめ、まるで歌舞伎役者が見得(みえ)を切るように、握った寿司をゆっくりと客の手にのせる。そんなパフォーマンスが話題となり、わずか数年で世界的寿司屋へ大躍進した店があります。北九州市にある「照寿司(てるずし)」です。

 2019年にはNYタイムズの一面を飾り、コロナ前の2年間の間に、お店を半年休んでスウェーデン、マカオ、タイ、中国、アメリカなど計7回のポップアップイベントを開催。
 さらに、2023年にはサウジアラビアにも出店を果たすなど、世界に名前を轟かせ、今や客の9割は外国人。観光都市でもなんでもない日本の地方都市に、一人約4万円~の寿司を味わうために世界中の富裕層がわざわざやってきます。

 照寿司ができたのは1964年。現在、店を担っているのは3代目である渡邉貴義さんですが、彼が後を継ぐまではいたって普通の寿司屋でした。おすすめの刺し身や天ぷら、鶏の唐揚げ、生ビールもあるような店。お客さんも、仕事帰りに仲間や友人と一緒にという人が多かったそうで、握りは一人前で1000円程度。飲み放題付きで5000円くらいの宴会で利益を上げているような店でした。

 そんな照寿司が変わり始めたのは、渡邉さんが他店での修業を終えて、店に入るようになってからです。かねてより、自分が後を継いだら店のグレードをもっと高めたいと考えていた渡邉さんは、少しずつ改革を進めていきます。

 まず、寿司の出し方を変えました。カウンターに置くのではなく、客の手に直接のせるようにしたのです。なぜなら、当時は仕事帰りや商談で訪れる人が多く、カウンターに魚を置いてもすぐに手を伸ばさない人が多かったから。すぐに食べないと、寿司はどんどん乾いていくので、それを防ぐために編み出された工夫でした。

 そして、カウンターも一新します。吉野檜(よしのひのき)の300年物の一枚板に改装し、席も当時はカウンターの8席だけ。2時間でおまかせのおつまみと寿司を出し、ゆっくり味わってもらうスタイルに変えていきました。

 名物料理も誕生します。鰻バーガーです。最初は鰻の蒲焼きをただ切って、つまみとして出していましたが、それだとあまり面白みがない。ということで、次は寿司にしてみたものの、いまいちパッとしない。そこで、シャリを鰻ではさみ、それを海苔ではさむという、現在の鰻バーガーが誕生しました。

世界を魅了する理由は、エンタメだけではない

 渡邉さんのすごいところは、変化を恐れない姿勢と、それを下支えする圧倒的な努力だと思います。

 たまに、「照寿司はエンターテイメントな要素が話題を集めただけで、実力はそうでもない」というようなことを言う人がいます。

 しかし、私はまったくそうは思いません。

 私が初めて訪れたのは、2017年。少しずつ照寿司が、パフォーマンスで話題になり始めていた頃です。札幌に住むフーディーの友人が「今行かないと後悔する」と強く推すので訪れたのですが、実際食べてみるとネタはいいし、寿司もうまい。「これは決して、話題性だけで人気が出ているわけではない」と思いました。腕前は文句なし。いの一番に取り上げられるパフォーマンスは、それを発信するための手段に過ぎないのです。

 実際、渡邉さんは照寿司に入る前に修業していたホテルでは、一日1000人分の魚を捌いたり、照寿司に入ってからしばらくの間も、一日に寿司2000貫、巻物を500本作るなどの下積みを積んでいたそうです。

 目利きもたしかで、たとえば船上放血神経締めのサワラ五島列島産クエなど、彼が努力の末に仕入れられるようになった新鮮な食材が、照寿司にはそろっています。ついでに言うと、彼のトレードマークである蝶ネクタイも500個近くを試して、今のものに落ち着いたそうです。

人気の根底にあるのは「圧倒的な努力」

 つまり、照寿司が人気を博している根底には、圧倒的な努力があるということ。そうして育まれた実力を、独特のパフォーマンスという手段でPRしているに過ぎないのです。

 渡邉さんは、照寿司を「ファンビジネス」だと語っています。渡邉さんのパフォーマンスを目当てに、世界中からお客さんがやってくる。その方たちは、もちろん寿司も食べたいけれど、写真も撮りたい。だから、仲間の一人が代表して写真を撮り、それを共有すればOKというわけではない。客の一人ひとりが、みんな自分のスマホで、寿司が差し出されるところを撮りたい。

 だから、渡邉さんはお客様一人ひとりが自分の席でしっかり撮れるように、ゆっくりポーズを取りながらお客様の手のひらに寿司を置くそうです。

 そうすることで、それは客を巻き込んだショーとなり、単に寿司を食べるというだけではない、貴重な体験に昇華するのです。

 ※本記事は、『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著・ダイヤモンド社刊)より、抜粋・編集したものです。