「1時間06分台を出して、マヤカに勝ちます」
渡辺は、今もその宣言を覚えている。
「1年生のときに箱根2区を走っていたので、もう2年が経過していますし、あのときに負けたことはずっと悔しさとして残っていました。自分はトラックでスピードがついて、スタミナもある。この2年間の成長を2区にすべて出してやろうという気持ちでいました」
対するマヤカもまた
渡辺の恐怖と戦っていた
早稲田大学は、1区でルーキーの荒川誠が9位で2区の渡辺に襷を渡した。
2分01秒前にトップでマヤカはスタートしていたが、渡辺は「マヤカまでいく。タイムを出す」という強い決意でペースを無視して突っ込んでいった。
1キロメートルを2分38秒で突っ込んでいったマヤカはこう話す。
「タイムは見なかったので、どのくらいのスピードで走っているのかわからなかったんですけど、狙いはひとつだけでした。僕は渡辺に勝つとか、区間新を狙うというよりもトップで襷を渡したかったんです。優勝したかったので、とにかく絶対に早稲田大学に負けたくない。だから、一番で襷を渡そうという気持ちだけで走っていました」
周囲からは「絶対、渡辺にだけは負けるな」と言われていた。
「そう言われたことで、プレッシャーを感じていました。フリーの日は、本当は休みたいけど、渡辺が練習しているから自分もしなきゃならない。渡辺に勝つためには、ちょっとでもいいから練習しようと思っていました。周囲の期待も高くて、なんだか息が詰まりそうな毎日で、本当に苦しかった」
箱根は、それらをすべて解放できる場だった。
マヤカは、日常的に渡辺の存在を背中に感じていたが、早稲田大学にとってマヤカの存在は脅威であり、恐怖だった。のちに、マヤカは瀬古から、
「マヤカが2区に入るから、みんな2区を走りたくないと言うんだよ」
という話を聞いた。渡辺以外は、計算できる選手がいなかった。そのため、渡辺の2区は必然であり、早稲田大学は、勝つために「耐える2区」でなく、「勝てる2区」としてエースを投入したのだ。







