出生率の低下を問題と
考えていない現役世代

 李と同じようにジェンダーの問題が低出生率と結びついていると考えるのは崔世嬉(33歳、仮名)だ。

 崔は本題に入るとすぐにこう訊いてきた。

「出生率が低いことの何が問題なのですか?」

 崔は、ソウル市内の名門大学出身だ。大学で専攻したのは経済学だったが、在学中にスマートフォンが瞬く間に普及し、IT業界が未来を拓いていくと確信した。卒業後は大手IT企業に就職している。

「出生率が下がっていることが問題なのは労働力の問題からですか?これからはAIの技術が発展していきますから、それほど問題になることはないと思います。

 それに、出生率が下がっていることは「問題」ではなくて、「社会現象」でしょう。低出生率を“問題視”しているのは、既存世代です。今、明らかに問題なのは恋愛したり、セックスをしたりする人が減っていることのほう。どうしても低出生率を“問題”にしたいなら、どうしてそうなったのかをまず考察すべきでしょう」

 崔の声はよく通る。その日のカフェも満席でたくさんの人がいた。“セックス”のところで一瞬、ちらりと周りを見て肩をすくめた。そう言う崔は、20代前半までは漠然と誰かと巡りあって、恋愛結婚をするだろうと考えていたと話す。

「そんな風に思っていたのも、「マーズ事態」(編集部注/MERSを韓国に持ち込んだのは香港旅行帰りの20代の女性たちだという断定が広まり、若い女性へのバッシングがネットに溢れた事態)まで、でした。あの時、女性たちは“赤い薬”を飲んでしまったんです」

“赤い薬”を飲んだ女性たちと
身動きが取れない男性たち

 “赤い薬”とは、SF映画『マトリックス』(1999年)に出てくる薬だ。

 平凡な会社員だった主人公は、ある日、謎の男モーフィアスによって日常生活から連れ出され、自分の生きる世界が現実ではない、コンピューターの生み出した「仮想空間」であると告げられる。モーフィアスが主人公に差し出したのが、青色と赤色の薬だ。