9割近くを占めている
「ハ行」の笑い声

「表1」から、漱石の作品に現れる笑い声は、313例。こんなに用例数が多いのに、笑い声を表わす語は、なんと「ハ行音」と「カ(ガ)行音」に限定されているのです!

 でも、「カ行音」の勢力は、かなり弱い。「表1」から、笑い声全体のわずか10.9%にしかならないことが分かります。「カラカラ」をはじめ、34例が、「カ行音」の笑い声です。

 一方、笑い声全体のうち、「ハ行音」で表わす笑い声は、279例で、89.1%を占めています。全体の約9割です。現代の笑い声の主流は、「ハ行音」であることが確かめられました。

 しかも、「ハ行音」の笑い声のうち、「ハハハ」などの「ハ」の音を使った笑い声は196例もあります。笑い声全体の62.6%に当たります。現代の笑い声の6割強が「ハハハ」なんです!現代の笑い声の代表は、「ハ行音」の中の「ハ」を使った「ハハハ」と言っていいですね。漱石の作品から、「ハハハ」の笑い声の例を3つだけ挙げておきます。

 それから主人はこれを遠慮なく朗読して、いつになく「ハハハ面白い」と笑ったが、(夏目漱石『吾輩は猫である』)

『吾輩は猫である』に登場する苦沙弥先生の笑い声です。愉快な気持ちを表しています。

 人が丁寧に辞令を見せたら見向きもせず、やあ君が新任の人か、些と遊びに来給え アハハと云った。(夏目漱石『坊っちゃん』)

 坊っちゃんが四国の中学校に赴任して、職員室で挨拶回りをしている場面です。「アハハハ」と笑っているのは、後に仲良しになる数学教師の山嵐。磊落な性質を感じさせる笑い方です。

「ワハハハハ。そうよ、この蓋はあまり安っぽい様だな」と和尚は忽ち余に賛成した。(夏目漱石『草枕』)

「ワハハハハ」は、禅宗の和尚の笑い声。相手の言うことが、意にかない、快い笑い声をあげています。

「ハハハ」が、最もよく用いられる笑い声であることは、語頭に接辞を付けることが、最多であることからも裏付けられます。「ハハハ」だけでは、頻用されすぎていて、物足りなくなり、語頭に「ア」「ワ」「ガ」「ギャ」などを付けて、強調形を作ると考えられるからです。漱石の作品では、「アハハハ」「ワハハハハ」が見られましたが、現在に近い資料も視野に入れると、「ガ」「ギャ」を付けた例があります。