時代とともに、言葉に対する世間の認識は変わってゆくものだ。
「非常に」のような程度副詞
「本当に」のような陳述副詞
日本語の疑問
「めちゃめちゃ」「超」のような俗な強調言葉は昔もあったのですか
市村太郎先生の回答
「めちゃめちゃ」や「超」は、「今日の話めちゃめちゃよかった」「その服超かっこいい」のように、後に形容詞や形容動詞などの状態性を持つ語が来て、その状態の程度の甚だしさを表す程度副詞です。
この類には「とても」「非常に」「随分」など様々な語がありますが、「程度の甚だしさ」を表す点では似たような意味を持つため、その使い分けを説明するのは簡単ではありません。
渡辺(*注1)が挙げたように、「うれしい」などの一人称の感情を表す形容詞との結びつきや、「今朝は昨日よりも多少涼しい」のような比較構文での用いられやすさ、評価のプラス・マイナスなどの尺度での使い分けが考えられますが、それ以外にも、俗な言い方なのか硬い文章語なのかというような文体的特徴も、各語の役割分担に大きく関わっていると考えられます。
例えば(1)「去年の冬はめっちゃ寒かった」という例文と、(2)「去年の冬は非常に寒かった」という例文があったとき、「どちらがより若者っぽい会話文で、どちらがより書き言葉らしい文章か」と聞かれたら、迷わず(1)が会話文で(2)が書き言葉と答えるでしょう。
また、強調に使われる言葉は程度副詞だけではありません。程度に限らず文意を強調する「本当に」「まことに」のような陳述副詞といわれる語もあります。例えば公的機関の謝罪会見で「まことに(申し訳ありません)」を聞く機会はあっても「マジで(申し訳ないっす)」は聞かない、といったようにこれらにも文体差や場面差があります。
このような現代語の状況に鑑みれば、当然歴史的にも文体差があったことが想定されます。もちろん現代と違って資料が豊富にあるわけではありませんから、ある時代においてどのくらい「俗」であったかを詳しく測るのは容易ではありません。
ただ、主として話し言葉に現れやすいか、書き言葉に現れやすいかくらいならばわかることがあります。ここでは、その一例として、「ほんに」という語の、江戸時代後期での使用状況を挙げましょう。