文中の「御多角」が、彼女のこと。顔の骨格が多角形であるところから付けられた「あだ名」です。彼女は、気取って品良く振る舞う必要がありません。見ているのは猫だけなんですから、色気抜きの笑い声をあげてもいい場面です。
彼女は、津田の質問が余り煩瑣にわたるので、とうとうあははと笑い出した。(夏目漱石『明暗』)
「彼女」というのは、旅館で働いている下女です。あきれ返ってしまった時に思わず出た飾らぬ女の笑い声です。
「ハハハ今でも御覧になれます。湯治場へ御越しなされば、きっと出て御挨拶をなされましょう。」(夏目漱石『草枕』)
「ハハハ」と笑っているのは、茶屋のお婆さんです。「うーん、下女とお婆さんの用例ばかりで、普通の女性は『ハハハ』とは笑わないのでは?」と思ったかもしれません。いえいえ、まあ普通と言える女性も、次のように「ハハハ」と笑っています。
・梅子はさも愉快そうにハハハハと笑った。(夏目漱石『それから』)
・梅子はハハハハと笑った。(夏目漱石『それから』)
梅子は、兄嫁ですから、若くはないが、せいぜい中年にさしかかったくらいの女性。率直で飾り気のない女性です。
主人公代助の好みのタイプ。「代助は嫂の態度の真率な所が気に入った」とありますから。飾りっけのない女性というところが、ポイントです。飾りっけや色気があると、次に取り上げる女性特有の「ホホホ」笑いをするからです。
こうして、「ハハハ」系の笑い声をあげている女性は、下女や婆さんや飾りっけのない女性という制約はありますが、女性たちも色気や見栄を抜きにした時は、「ハハハ」と笑うのです。
ということは、現代の代表格の笑い声は、「ハハハ」と考えても問題がないということです。
女性専用の笑い声は「ホホホ」
漱石の作品では何例ある?
さて、女性も、確かに「ハハハ」と笑いますが、女性らしくしとやかで上品な振る舞いが求められていた時代では、「ホホホ」の笑い声がベストです。
「表1」から、漱石の作品に見られる「ホホホ」系の笑い声は、56例あることが分かります。そのうち、52例が女性の笑い声です。約93%にあたります。残りの4例は、「女の様な」と形容された1人の男性が使っています。ですから、「ホホホ」は、女性専用の笑い声と言って差し支えありません。







