世界の富裕層たちが日本を訪れる最大の目的になっている「美食」。彼らが次に向かうのは、大都市ではなく「地方」だ。いま、土地の文化と食材が融合した“ローカルガストロノミー”が、世界から熱視線を集めている。話題の書『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著)から、抜粋・再編集し、日本におけるガストロノミーツーリズム最前線を解説。いま注目されているお店やエリアを紹介していきます。

世界の富裕層が帯広から車で60分かけて通う、“看板のない白亜のレストラン”Photo: Adobe Stock

渋谷の人気店から、北海道の秘境の地へ

 東京都・渋谷区の松濤で予約がとれないほどの人気店を築いたシェフが、新たに店を構えたのは、目を疑うほど辺鄙(へんぴ)な場所でした。

 そんな型破りなことをしてのけるのは、「エレゾ エスプリ」の佐々木章太シェフです。

 佐々木シェフが生まれ育ったのは、北海道帯広市。新たに構えたオーベルジュ「エレゾ エスプリ」は帯広駅から車で約60分、道中にはコンビニが一軒しかないような自然豊かな町、豊頃町(とよころちょう)にあります。

 目立つ看板はなく、PRも最小限にとどめられていますが、その唯一無二の哲学と料理を求めて日本国内はもちろん海外の富裕層がわざわざ時間をかけてやってきます。

 エレゾ エスプリが誕生したのは、2022年。私もその年の冬にうかがいました。タクシーに揺られてたどり着いたのは、海を見下ろす丘の上。あたり一面の雪原に、美術館のような白亜のレストランが佇んでおり、その隣には宿泊施設であるヴィラが3棟並んでいます。

 身長の2倍はあろうかという大きな扉を抜けると、レストラン空間へ続く長いアプローチが現れます。壁の両サイドには食材のアーティスティックな写真が飾られており、「これから何かが始まる」という期待感をかきたてます。それをさらに後押しするのが、その先にあるシアタールーム

 エレゾの世界観を表現した短い映像作品を、重厚な革張りのソファに包まれながら鑑賞するのです。

 そしていよいよ、ダイニングへ。そこに窓はありません。「料理と向き合っていただくためです」と佐々木シェフは言います。

 夕食は6時半からの一斉スタート。各々に渡される「PHILOSOPHY」には次のようなことが綴られていました。

「ELEZOは、料理を作るために生産や狩猟から始まる食の連鎖を真摯に積み上げています。そして、古き良き食文化を現代に表現する、強い『食肉料理集団』を創り進むことを選択いたしました(中略)。
 これから始まる『ELEZO 命の料理』は、17年間の歳月の中で一片をも無駄にしないという我々の心と姿勢が結集された想いの結晶です。どうぞ、日頃の見識を捨て、純白な心でお向かいください」

 この佐々木シェフの思いを起点に、エレゾは独自のフードチェーンを構築しています。
 狩猟・家畜の生産から加工、流通、飲食の提供までを一貫して行っているのです。

 たとえば、狩猟や家畜の生産を行う「生産・狩猟部門」では、エゾシカ、ヒグマ、キジバトなどのジビエを狩猟しており、ハンターには、首か頭を撃ち抜くことを課しているそう。胴体を損傷すると血がまわり、肉の質が低下するからです。また、肉の鮮度が落ちないよう、捕獲した1時間半以内に、処理を行うエレゾのラボに搬入することも徹底しています。

 これ以外に、肉本来の旨味や食感を極限まで引き出す「枝肉熟成流通部門」。筋の多い部位や内臓などローストには適さない低需要部位を活用し、上質なシャルキュトリへ昇華させる「シャルキュトリ製造部門」。そして、「レストラン部門」の合計4つの部門でエレゾのフィロソフィーは構成されています。

 ※本記事は、『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著・ダイヤモンド社刊)より、抜粋・編集したものです。