世界の富裕層たちが日本を訪れる最大の目的になっている「美食」。彼らが次に向かうのは、大都市ではなく「地方」だ。いま、土地の文化と食材が融合した“ローカルガストロノミー”が、世界から熱視線を集めている。話題の書『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著)から、抜粋・再編集し、日本におけるガストロノミーツーリズム最前線を解説。いま注目されているお店やエリアを紹介していきます。
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命に感謝し、肉一片も、血一滴も無駄にしないという覚悟
前回ご紹介した帯広から車で1時間という地にありながら、世界の富裕層が殺到している「エレゾエスプリ」。シェフはかつて東京渋谷区で予約のとれないほどの人気店を築いていたのに、なぜ、この辺鄙な地にオーベルジュを開こうと思ったのでしょうか?
エレゾエスプリの佐々木章太シェフが生まれ育った十勝地方は、作物はもちろん、ジビエも豊富で狩猟も盛んでしたが、当時は目利きや処理の悪さから、「硬い、臭い、まずい」と言われ、地元の人も好んでは食べない食材だったといいます。佐々木シェフは調理師専門学校を卒業後、軽井沢や東京・西麻布の名店で修業。そして、祖母と母が営む帯広市内のレストランに就職し、研鑽を積んでいたときふと思ったそうです。
「動物を殺して食べることを当たり前だと思って生きてきたけれど、これは人間の業だ。せっかく命をいただくのであれば、どこも捨てずに、しかも、美味しくいただくのが人間にできることではないだろうか」
価値あるものを提供すれば人は来る
そこで彼は、2005年に狩猟食肉料理人集団「エレゾ」を発足。「命に携わる以上、その命に感謝し、肉一片も、血一滴も無駄にしない」。そんな信念を胸に、先述の部門を次々と立ち上げていきました。そして、それらの集大成として誕生したのが、オーベルジュ「エレゾ エスプリ」だったのです。
私が訪問したとき、食事のときに渡される佐々木シェフが綴る「PHILOSOPHY」の最後は、こう結ばれていました。
「品種、餌、環境。全ての食物はこの3大要素で決まります。品種だけでは語れない。餌や環境だけでも決められないのです。美味しいには、美味しくなる背景『根拠』があるのです。さらに言えば、携わる人の思いや願いや創意工夫も宿るものです」
この言葉から私は、東京で高い金を出して一級の食材を購入しようとも、餌や環境まで熟知していないのであれば我々には勝てるはずがないという、シェフの自負を感じました。
「なぜ、こんな片田舎に店を作ったのですか?」と問う私に、彼はこう答えました。
「こういうところに人が来る時代を作らないと、日本は終わりだと思ったんです。本当に価値あるものを提供すれば人は来る、経営は成り立つということを自力で証明していかなくてはいけないと思っています。だから、創業から10年は補助金を受けないと決めました」
集落の保育所や小学校の半数以上は関係者の子どもたち
この言葉からは、日本のガストロノミーの体現者として、後に続く者たちに背中を見せ、道を切り拓いていく。そんな覚悟がにじみ出ていたように思います。
実際、佐々木シェフの哲学に共鳴し、移住してきた若い人も多くいるようで、集落にある保育所や小学校の半数以上は、エレゾの関係者のお子さんが占めているそうです。何もない過疎の村で、子どもを産み育てていくコミュニティを作り上げるというのは、なかなかできることではありません。
私がエレゾ エスプリでいただいた料理はどれもシンプルですが、ここにたどりつくまでの桁外れの手間を感じる究極の完成度を持つ料理ばかりでした。「いただきます」と「ごちそうさま」が自然と口に出る、命と向き合う体験が、ここにはあります。
※本記事は、『日本人の9割は知らない 世界の富裕層は日本で何を食べているのか? ―ガストロノミーツーリズム最前線』(柏原光太郎著・ダイヤモンド社刊)より、抜粋・編集したものです。






