そうやって疲弊していく人たちに、僕は「仕事は雑にやらないと複雑になるよ」と伝えています。

 令和の若手芸人は、劇場に行かずともYouTubeにサンプル(見本)がたくさんあるのでお笑いの勉強は簡単なのですが、サンプルを詰め込みすぎて頭でっかちになる生徒が増えています。

 彼らは考察・分析能力は高いけど「やってみる」「恥をかいてみる」といった実践にすこぶる弱い。美味しいものを食べるにはお皿を空にしないといけないのに、どんどん別メニューを頼んで、ただ眺め、味を想像している。空にしないと新たな「うまみ」はやって来ないというシンプルな発想を忘れはじめているんですね。

 先日も、まだ劇場に立ってないのに「もし緊張したらどうすればいいですか?」と聞いてきた生徒がいたので、こう返しました。

「そもそも君が思っているほど、みんなは君に興味ないよ。いろいろミスらない条件を整えてから実行しようと思っているよね?でも、完全にミスらない条件が整うことは一生ない。日々は、見切り発車の連続でいいんだよ

 生徒の顔が少し晴れたので伝えてよかったと思いました。

座学を増やすより先に
自分なりにやってみる

 個人だけでなく、仕事を複雑化してしまうことは会社や組織でもありえます。

 以前、NSC生の漫才が急につまらなくなったことがありました。みんな判で押したように同じフォーマットやフリオチになっていて個性がないのです。

 理由は、学校側が「漫才の作りかた」なる座学を入れ、生徒らが金科玉条のごとく守ったから。もちろん基礎を学ぶことはけっこうですが、クリエイターである芸人が「右へならえ」になり無個性になってしまうのはよろしくありません。

 これは、何でもマニュアル化してしまい実践よりも座学を増やしている会社も同じ。マニュアルは必要ですが、マニュアル人間を増やしてしまうのは損失ですし、あとから「個性がない」「もっと斬新なアイデアはないのか?」とつつくのは本末転倒です