アイドルの定説を破った
稀代の歌姫・松田聖子

 神戸の摩耶山をケーブルカーが走っている。発車メロディーとして「赤いスイートピー」が3月に流れ始めた。期間は11月末まで。車窓には歌詞がはられている。4月の雨の日、駅のベンチで、ユーミンが作ったメロディーに耳を傾けた2人連れもいるかもしれない。

 松田聖子のシングル曲を初めて書いたのは1981年の「白いパラソル」。次に「風立ちぬ」、そして「赤いスイートピー」。どれも、デビュー直後の疾走感のある曲よりテンポがゆったりしている。

 あの当時、アイドルの曲といえば、ファンたちが合いの手を入れやすいアップテンポな曲が求められ、そうでなければ売れないとされていた。松田聖子という不世出の歌手は、そうした古くさい定説をひとつひとつ破っていった。時代の波をかきわける船の舳先に、ぼくたちは一緒に立っていた。

 テンポを落として、のどに過度な負担がかからない音域にして。それと同時に、単なるアイドルじゃないですよ、意思を持った人間ですよという部分を、さりげなく歌詞にも仕込んでいった。そこに気づいた女の子たちが、この子おもしろいなって聖子を支持してくれるようになった。

 花の歌を書いてほしいという注文から生まれた「赤いスイートピー」は、ユーミンに作曲を強引に頼み、詞より先に曲を作ってもらった曲。つまらない詞だと怒られないように、いつも以上に頑張って書いた。スイートピーという花を選んだのは、メロディーにいちばん合う音韻だったから。

 曲の終わりの「赤いスイートピー」の部分。盛り上げる場面に母音が「い」の音があると、歌い手に嫌がられることも多い。大滝(詠一)さんにも嫌がられたことがある。母音が「あ」の言葉に比べるとずいぶん歌いづらいようだ。もちろん聖子にはそんなことを聴き手に感じさせない歌唱力があったのだけれど。

 そうした歌いづらさもあってか、母音が「い」のフレーズには切なさが出る。日本的なわびさびや世界観も託すことができる。華やかさの中に、切なさや影を。そういう相反したものを組み合わせるのが好きなぼくにとって、「い」の響きはとても重要だ。愛読したバルザックの「谷間の百合」で、恋する主人公の青年は「彼女の『イ』という語尾の言い方は、なにやら小鳥の歌を思わせました」と述懐している。どこか通じるところがあるかもしれない。