量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回は量子力学の世界を体感できるコンテンツ案内を抜粋してお届けする。

進撃の巨人やサマーウォーズ…理研量子コンピュータ研究センターチームリーダーが勧める「量子力学」を体感できるコンテンツとは?Photo: Adobe Stock

量子の世界を感じるコンテンツをご紹介

量子コンピュータに直接触れなくても、量子力学や量子コンピュータの世界観の一端を知ることのできるコンテンツは身近にたくさんある。
ここからはそれらを紹介していこう。
以下、ネタバレになる可能性もあるため、ご注意願いたい。

壁の向こう側へ

量子力学には「目に見えない小さな世界にだけ適用できる特殊な物理法則」という印象があるかもしれない。しかし実際には、量子力学こそがすべてに適用できる最も普遍的な物理法則であり、古典力学のほうが「大きな世界にしか適用できない特殊な物理法則」なのである。

この世界観は漫画『進撃の巨人』(諫山創著、講談社、2010)にたとえるとわかりやすい。

巨人(量子)から身を守るために壁に囲まれた世界に住む人類が、壁の外に出ることでより高度な知識や技術に触れ、世界の真実を知ることになる。
壁のなかの世界は「古典力学」であり、人類はニュートンの運動方程式で記述できる「予測可能で確定的な世界」を信じている。
巨人(直感的には説明できない量子現象)という脅威はあるものの、壁のなかにいる限りは閉じた単純な法則で説明できると信じている。

しかし壁の外は「量子力学」の世界が広がっている。
そこには常識では説明できない重ね合わせや量子もつれがあり、観測によって現実が形作られている。
100年前に量子力学を定式化したハイゼンベルクやシュレーディンガーは、立体機動装置という兵装を生み出した技術者のような存在だろう。

壁の外に世界があることを記した主人公エレンの父・グリシャは、ベルの不等式を確立したベルに相当する。
そして、果敢に壁の外に飛び出し世界の真実と向き合う、エレンをはじめとする調査兵団たちは、量子コンピュータの開発者たちやプログラマーといえるのかもしれない。

未知に挑むその姿勢が、「量子」という新しい知の地平を切り開いてきた科学者たち、グーグルやIBMといった大企業(量子の巨人)の営みに重なる。

素因数分解アルゴリズムの論文が登場している!?

量子コンピュータが得意とする素因数分解は、古典コンピュータにとっては難しい問題の代表格であり、現在の暗号の安全性の根拠にもなっている。

この素因数分解が登場する映画が『サマーウォーズ』(細田守監督)だ。

インターネット上の仮想世界「OZ」が謎の人工知能「ラブマシーン」に乗っ取られてしまう。
ラブマシーンを倒すには、強固なセキュリティを突破してOZに侵入する必要がある。
しかし、スーパーコンピュータを使っても攻略できない。
主人公の健二が頭を捻り、なんとか素因数分解の答えを見つけ、ラブマシーンを倒すことに成功するのだ。

実は、冒頭の電車内のシーンで健二はショアの素因数分解アルゴリズムの論文を読んでいる。
もしかすると彼は量子アルゴリズムを使って量子的な思考で答えを導き出したのかもしれない。

量子システムが融合したオススメの映画

量子コンピュータが鍵となる映画としては『HELLO WORLD』(伊藤智彦監督)もある。

主人公の堅書直実は、10年後の未来から来た自分=「先生」に出会い、現在の世界が量子システム「アルタラ」によって再現されたシミュレーションであることを知らされる。
「先生」の指導のもと特殊な能力を身につけた直実は、時空を超えて想いを寄せる一行瑠璃を救おうとする。

『HELLO WORLD』は、映画『マトリックス』や小説『ループ』(鈴木光司著)にもつながるシミュレーション仮説(私たちの世界はコンピュータ上の仮想現実であるという考え方)を量子的に発展させた作品であるといえよう。

劇中のアルタラでは、過去の歴史が断片化されて量子コンピュータのサーバーに保存されており(実際の研究でも「歴史状態」と呼ばれる特殊な量子状態があり、計算の各ステップを重ね合わせて保存する手法が使われる)、改変を加えると世界が分岐し、干渉が発生して未来が変化してしまう。
そのためアルタラは自己修復機能を持ち、常に観測を行って監視している。

10年後の未来から現れた「先生」は、きっと量子テレポーテーションによって量子システム間を移動していたのだろう。

私にとっては、学生時代にゼロから量子コンピュータを学んだ京都を舞台に、見慣れた風景と歴史都市としての京都、そして最先端の量子システムが融合した作品が、私自身の原点と現在、未来をつなぐ形で深く響いた。

著者の想像力に脱帽

『HELLO WORLD』のなかでも名前が登場するグレッグ・イーガンは、量子力学の並列世界やその干渉、観測による状態の崩壊といった概念を小説『宇宙消失』(グレッグ・イーガン著、山岸真訳、東京創元社、1999)に取り込んでいる。

そこでは、「量子モッド」と呼ばれるナノマシンによって人類が脳を改造し、波動関数の収縮、つまり重ね合わせ状態からどの分岐を選ぶかを自ら決定できるようになる。
だがその力は倫理的な帰結や宇宙全体への影響を伴い、人類は葛藤することになる。
量子コンピュータの原理が提案されてはいたものの、代表的な量子アルゴリズムがまだ見つかっていなかった1992年に、このようなテーマを扱ったSF小説が書かれていたことには驚かされる。

実際に、重ね合わせ状態から特定の条件を満たす分岐を増幅する量子振幅増幅アルゴリズム(グローバーのアルゴリズム)は2000年に提案されており、イーガンの想像力には脱帽せざるを得ない。

衝撃の量子的文学作品

また、SF小説といえば「42」という謎の数字で有名な『銀河ヒッチハイク・ガイド』(ダグラス・アダムス著、安原和見訳、河出書房新社、2005)もぜひ紹介したい。

ある日、地球に住む主人公は、銀河ハイウェイ建設のために立ち退きを迫られ、宇宙を放浪することになる。
宇宙には高度な知能を持つ生命体が存在し、彼らは「生命、宇宙、万物の究極の答え」を知るためにスーパーコンピュータ「ディープソート」を作り上げる。

750万年にわたる計算の結果として導き出された答えは「42」という数字だった。

しかし宇宙人たちは、この答えの意味を理解できず、そもそも問い自体が何を意味するのかを理解していないことに気づく。
そこで彼らは、この問いの意味を知るために「地球」という巨大なコンピュータを設計した、という物語である。

地球は46億年もの時間をかけ、量子力学という物理法則を通じて原子を組み替え、生物を誕生させ、高度な知能を持つ人間にまで進化させてきた。
もし自然界の仕組みそのものが巨大な計算過程であるならば、そこで生まれた人間が量子コンピュータを作ろうとしていることも、決して偶然ではないのかもしれない。

もしかすると「42」が意味するものも、量子コンピュータの発展によって近い将来明らかになるだろう。

常識を超えたユーモアと、あり得ないことが次々と起きる不確実性に満ちたこの作品は、まさに量子的文学といえる。

年末年始のお供にぜひ!

量子コンピュータを理解する方法は1つではない。

私たち研究者のように数式や理論から入る人もいれば、物語や映像を通じて世界観に触れる人もいるだろう。

本書で少しでも量子に興味を持ったなら、ぜひ自分なりの入り口から量子の冒険を続けてほしい。

映画、アニメ、小説、展示会、音楽、どのような形であれ、「量子を感じる瞬間」は私たちの身の回りにたくさんある。

あなた自身の推しの「量子」を見つけ、そこから広がる新しい世界に出会っていただければ幸いである。

(本稿は『教養としての量子コンピュータ』から一部抜粋・編集したものです。)