「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』。「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。じっくり人生を振り返る人も多いこの時期に、この本に込めた、著者の山口さんのメッセージを聞きました。(構成/小川晶子)
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スジのいい仕事を選べ
――『人生の経営戦略』の中に、良い経験を得られる「スジの良い仕事」に時間資本を投下することが大切だというお話がありました。「スジの良い仕事」の一つは、成長する業界での仕事だと思います。就職や転職の際、成長する業界を見極めるポイントはありますか?
山口周氏(以下、山口):本当に業界の成長のエネルギーを自分のキャリアに活かすためには、ものすごく早いタイミングで動く必要があります。多くの人は、すでに成長している業界を選ぼうとしますが、実はそれでは遅いんです。
タイミングについて考える際に有効なのは「キャズム」のコンセプトです。いろいろな場面で応用できますから、ここで解説しておきましょう。
キャズムを超える直前が最大のチャンス
山口:キャズムはマーケティング・コンサルタントのジェフリー・ムーアが提唱した理論です。新しい概念や商品が市場に浸透していく過程で、まずイノベーター(2.5%)が受け入れ、次にアーリーアダプター(13.5%)が受け入れます。そして市場浸透率16%前後のところに「キャズム」という深い溝があって、ここを超えると一気に市場が拡大するんです。

キャズムの直前のタイミングを捉え、そこで勝負に出た組織や個人は、非常に大きなアドバンテージを得ることになります。
その良い例がインターネットビジネスに早いうちに参入したヤフージャパン、楽天、サイバーエージェントですよね。日本では1996年からインターネットが普及し始め、キャズムとされる16%を超えたのが1999年でした。このキャズムのタイミング前に参入した3社が、日本を代表するネット企業になったんです。
上司には認めてもらえないのが普通
山口:ちなみに、今いる会社で新しい事業アイデア、企画を提案してもなかなか受け入れてもらえないという悩みをよく聞きますが、それは当たり前なんですよ。新しいものをすぐに受け入れる人は2.5%しかいません。会社も世の中の縮図ですから、100人いたら画期的なアイデアを見抜ける人は2~3人しかいないんです。だから上司が理解してくれないのがデフォルトだと思ったほうがいいですね。
――では、どうすればいいのでしょうか?
山口:説得しようとしても難しいでしょう。社内でイノベーター気質があって、かつ発言力のある人を見つけて、その人を味方につけるしかありません。
あるいは、今お話ししたようにキャズムの直前にある業界や会社に移ることです。そこでなら、新しいアイデアが評価される土壌があるかもしれません。
頭のいい人は何を見極めているのか?
――新規事業にしても、これから成長する業界にしても、そのタイミングを見極めるのは難しそうです。「最近これが流行っているな」と思ったときにはもう遅いのですもんね。
山口:兆しを捉えるしかありません。
大きな変化が起こる兆候を捉えることでしかキャズムのタイミングを把握することはできないのです。転職をするときも、何か新しいことを始めるときも、この法則は全く同じです。
兆しを捉えるためには「変化率」と「コア人材」の2つに着目することが重要です。
まず「変化率」について。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは、1990年代の初頭、ヘッジファンドに勤務していましたが、そこで「インターネットの市場成長率は2300%」というレポートを読んで衝撃を受け、ヘッジファンドを辞めてアマゾンを創業したんです。ベゾスが事業の立ち上げを急いだのは、市場が爆発的に成長する一瞬を逃さないためです。兆しとなったのは「2300%」という変化率でした。多くの人は、市場の規模や顧客の数など、その時点での「市場や社会の断面図」に意識を向けがちですが、ベゾスに限らず優れた経営者は変化率に注目しています。
もう一つは「コア人材」。
私たちは物事の趨勢がどちらとも決めかねる時、安易に予測に頼りたくなりますが、残念ながら予測は当たりません。それよりも注目すべきは、あるジャンルにおいてコアの中核にいる人々です。
いまとなっては信じがたいようなことですが、実はYouTubeは初期の資金確保に大変苦労した企業です。ベンチャーキャピタルからは200回以上も出資の要請を断られています。それ以前に登場した動画共有プラットフォームはことごとく失敗していたので、投資家たちは慎重だったんですね。
そんな中でセコイアキャピタルがYouTubeへの投資を決定したのは、YouTubeとはまったく関係のない他のスタートアップへの出資を検討するために出席したミーティングで、参加者が休み時間にYouTubeを見て盛んに会話しているのを目の当たりにしたからです。コア人材に注目して兆しを捉えたわけです。
未来がすでに出現しつつある場所がある
――コア人材がいる場所を探せば良いのでしょうか?
山口:孫正義さんは、しばしば「未来は偏在している」と語っています。世界のある特定の場所には、これからやってくる未来がすでに出現しつつある場所がある、ということです。その場に身を置き、そこにいる人々が何を話題にし、どのように振る舞っているかに着目することで、これからやってくる未来の「兆し」を捉えることができるということです。典型的なのはシリコンバレーのような場所ですよね。
休暇をとってシリコンバレーに行ってみるのも一つですし、今は便利な時代で、MITやスタンフォード大学でやっている最先端のスタートアップのカンファレンスもYouTubeで見られます。
イノベーターたちがどんな議論をしているか、どういうテクノロジーが出てくるのか、情報を取得するシステムを自分の生活空間に作ってしまうことです。
そうすれば、兆しを捉えられるようになるでしょう。
(この記事は、『人生の経営戦略』に関連した書き下ろしです)





