人気番組のプロデューサーだった経歴を持ち、なおかつテレビに出てにわかに有名人となったことで「勘違い」してしまったのかもしれない。彼はこの事件で辛うじて会社には留まることができたものの、制作現場からは外された。

「誰でも調子に乗ってしまう」
笑って許すさんまの度量

 それからしばらく経ったある日、私と菅賢治チーフプロデューサー(当時)をはじめ、スタッフがさんまの楽屋にいると、突然入り口のドアが開いた。騒動を起こしたAだった。しかも、白と黒の縞模様の囚人服を着ている。ドン・キホーテあたりで売っているパーティグッズだろうか。

 一瞬にして楽屋の空気が凍った。A本人は神妙な顔をしてうなだれていたが、彼が番組に泥を塗ったのは間違いない。ハッキリ言って、ほとんど笑えない状況だった。実際、菅チーフプロデューサーは無言ではあるものの怒り心頭で顔を真っ赤にしている。

 さて、さんまは何を語るか。みなが固唾を呑んで見守った。

「おいおい、菅くんもみんなもAくんを笑ってあげなあかんでぇ、囚人服、なかなかおもろいやんか」

 スタッフたちも、それを受けて軽く笑った。我々の怒りが収まったわけではなかったが、さんまの一言で、少しずつ落ち着きを取り戻してきたのも事実だった。

 Aは腰を90度に曲げるようなお辞儀をして、ドタンとドアの音を立て楽屋を後にした。

 その後、沈黙の楽屋。さんまは言った。

「Aくんもあの後、きっと色々考えたんやで。笑いを取りにいったら、かえってみんなを怒らせてしまうかもしれん。けど、ここは明石家さんまの楽屋やから、“お詫びのときにも笑いを”“楽屋のみんなを笑わせんと”と思ったんや。だからみんなで笑ってあげようや。

 せやけどな、君たちにも、オレにも、どんな人間にも大小さまざまな隙や油断があんねん。魔が差すときが必ずあるねん。オレもちっちゃな傷だらけな人生や。この世に完璧な人間なんてひとりもおらんねん。誰でも調子に乗ってしまうことがあんねん」