そのため、翌日の朝にはそれがソースとなったのか「さんま、宮迫激励会を主催」という話題がネットニュースとなり、Yahoo!トピックスにまで掲載され、拡散されてしまったのである。
あるスポーツ新聞を通して他の招待者からネットに情報が流出したという説も否定できなかったが、私がこのスクープを拡大させたキッカケを作った可能性も大いにあった。
激励会を台無しにしても
笑えればOKという寛容さ
「取り返しが付かないことをしてしまった」――青ざめた私はさんまに激怒されることを覚悟した。ちょうどその日は、汐留の日本テレビで「踊る!さんま御殿‼」の収録がある。私は意を決して楽屋のドアを開いた。
「すみません!私がFacebookで広げてしまいました!」
と私は簡潔に説明して詫びた。きっとさんまは怒りで顔を紅潮させているに違いない――そう思いながら顔を上げると、さんまはなんと満面の笑みを浮かべて腹を抱えて笑っていたのである。
そして、こう言ったのである。
「そやったか~。またやらかしたか。それオモロイ。決まりや!会の冒頭で挨拶するのは吉川くんや!」
そしてパーティ当日。私の投稿のせいかホテル周辺は報道陣でごった返していた。さんまが車で来てホテルの駐車場の入り口を尋ねたら、相手はマスコミの記者だったという笑い話もあるほどだった。
さんまの指示通り、パーティは宮迫博之の登場前に私の謝罪から始まった。
私はダークスーツ姿で、長い和紙に書いた「詫び状」を広げ、
「このたびは私のおかげで大変なご迷惑をおかけしました」
と、さんまの隣で第一声。百戦錬磨の芸人やテレビマンたちの前でここまで爆笑を取れるとは思わなかった、と思い返すくらいウケにウケた。
「私のFacebookは読売新聞ほか新聞各社、新潮社ほか出版各社、共同通信ほか通信各社、日本テレビほか全テレビ局、ニューズピックス他のネット関係各社の知人・友人と繋がっており……」と語り始めた。私の巻き紙の「詫び状」を見ながら横に立つさんまから鋭い指示が飛ぶ。
「テンポが遅い。ハイ、ここカットして、こっちに飛んで」
そんな指導も受けながらどうにか読み終えた。
場内スタンディングオベーションの割れんばかりの拍手。
会が終わり宴会場を去り際に、さんまに一礼すると、満面の笑みで親指を立ててくれた。私には、「それでええのや」と言っているように感じられた。
「明石家さんまほど器の大きい男はいない」――私はその夜、安堵すると同時に深く感謝しながら、同じくパーティに出席していた友人の映画・ドラマ演出家の水田伸生と、近くのバーで語り明かしたのだった。








