死別後は放心状態。半ばパニックだった。目がはれるほど泣いた。赤ん坊のように号泣した。飼っている猫たちがおびえ、食欲をなくすほどだった。これはいけないと猫の前では空元気を装った。
1年2年とたてば、そんな思いはやわらいでいくかと思っていた。だが、とんでもない。深い闇のようなものを抱えて生きることになった。
以前の自分が生きていた時間は終わり、見知らぬ時間の中を生きていると感じる。
「夫が余命宣告された瞬間から違う時間が流れ始めて、それまで私の中に当たり前のように流れていた時間とうまくつながってくれない。元気だったころの時間と1本の線でつなぐことができたら、どんなに楽になるだろうと思う」
愛するパートナーを亡くすのは
陶器が2つに割れたような感覚
「かたわれなんです」。半身がもがれた感じがする。
「思想的なことや感情的なこと、文学観。丸まった毛糸玉のようにゴロンゴロン回りながら、ありとあらゆる話をして一緒に暮らしてきた相手ですから、そっくり半分、自分自身を失ったみたいな感じですね。1つの陶器がきれいにパリンと2つに割れてしまったような。神様が上手につなげてくれれば、元に戻るかなと思うぐらい」
近ごろは号泣はしない。ほろっと、気がつくと涙を浮かべている。
「今のほうがもっと深いところに悲しみを引きずりこんでいって、そこで共生しているような気がしています。井戸にたとえると、悲しみの底が思っていたよりずっと深かった。さらに深いところに悲しみの底がありそうなんだけど、まだ行き着いていない」
まわりからはもう元に戻ったと見られているらしい。前に進んで人生を楽しまなくちゃね、という空気を感じる。
「でも、前に進むやり方は人それぞれ。世間が求める形で、ほら、ひとりでもこんなに元気、と装ってみせる必要はないと思っています」
亡くなった直後は夫が死者で、自分が生者という隔たりがあった。それが近づいた。
「今ではずっと一緒にいるような気がしますね」







