格安の当日葬や神前葬が
神社の新たな収入の柱に
しかし、戦前の国家神道の時代を直接知っているような世代の神主の退場にともなって、神社界には「なぜ神社で葬儀をやってはダメなのか」と考える神主が、徐々に増えてきている。
それが和布刈神社や常陸国出雲大社のような存在で、そのような神社が今後は徐々に神葬祭の執行によって、神社界の収入を全体的に底上げしていく可能性が出てきているのだ。
和布刈神社はたしかに歴史的な格のある神社だが、もともとの年間収入は500万円程度。常陸国出雲大社は1992年に建てられたばかりの神社である。双方とも、「昔から大きな財政基盤を抱えてきた、神社界の上流階級」などではない。
つまり今、神社とは日本の宗教界において、「葬儀を手がけることによって急成長できるポテンシャルを持った存在」になってきているわけだ。
これはなぜなのか。まず神葬祭は仏教式の葬儀に比べて、明らかに安いという事実がある。
和布刈神社も常陸国出雲大社も、そのホームページで葬儀の“定価”を公表しているが、常陸国出雲大社の場合、「当日葬(1日)神主1名」で10万円。ホームページに掲載されている種類のうち、「通夜葬場祭(2日間)神主2名」で30万円が最高額だ。
和布刈神社も「神前葬」という「神社会館で行う神式の葬儀プラン」で定価は55万5000円。直葬であれば10万8000円で行えるとしている(2025年6月下旬現在)。
仏教式に比べて明らかに安く、これは神葬祭では戒名を付けないので、そのぶん安くなっていると解説されることが一般的だ。
墓石を買わなくていい
廉価な自然葬が大人気に
そして、和布刈神社と常陸国出雲大社はそれぞれ、海洋散骨と樹木葬を行うことで、急成長してきた神社だ。
海洋散骨とは文字通り、遺骨を粉末状にして海にまくこと。まさに故人に自然に還ってもらおうという葬送のスタイルだ。
また樹木葬とは、墓地に墓石を建てる代わりに木の苗を植えることをいう。故人の一周忌、三回忌などの節目ごとに木の成長を感じ、故人とのつながりを再確認していく葬送スタイルといった説明がよくなされる。
これら自然葬は別に神社の専売特許というわけではなく、寺でも行われているものではある。しかし、自然崇拝のアニミズム宗教である神社が執り行うほうが、何といっても“説得力”がある。







