そしてまた、この自然葬の値段が安いのだ。鎌倉新書が行った「第16回お墓の消費者全国実態調査(2025年)」によると、「購入したお墓の平均購入金額」は「一般墓」で155.7万円となっている。そしてこの金額のかなりの割合は、墓石という“モノ”を買う値段である。

 ところが海洋散骨の場合は遺骨を海にまいてしまうのだから、何かのモノを買うというわけではない。実際に和布刈神社のホームページに書かれている海洋散骨の定価は、最低のプランが7万円、最高のプランでも29万円という数字だ。

 樹木葬の場合でも、そこに植える木の苗木は明らかに墓石よりも安い。実際に常陸国出雲大社のホームページを見ると、「樹木葬霊園 一般区画」で「墓所使用料(1区画)…50~60万円」、「樹木葬霊園 合同区画」では「墓所使用料(1区画)…20~30万円」という金額になっている。

葬儀は高いと感じていた
信仰心の薄い日本人

 無宗教式の「直葬」は意外に日本社会では広まっておらず、日本人の8~9割は仏教式の葬儀をし、葬儀の現場に僧侶にいてほしいと考えている。

『誰が「お寺」を殺すのか』書影『誰が「お寺」を殺すのか』(小川寛大、宝島社新書)

 しかし、それはこの現代日本に“強固な仏教への信仰心”が根付いているからというわけではあるまい。

 やはり葬儀の場には何らかの“宗教的雰囲気”が付随していてほしいし、何らかの宗教者に立ち会ってほしい、といったような感覚があるくらいだろう。

 また、ネット葬儀社たちが打ち出している“定価”が、世間にかなり歓迎されている実態、そして実際に葬儀費用が年々減り続けている状況などを通してみても、日本人が「葬儀の値段はもっと安くなるべきだ」と考えていることは事実なのではないか。

 そうしたことを総合的に考えると、今後神社界が本格的に葬儀の現場に進出してくることになれば、寺や僧侶の地位は今以上に危うくなる可能性は高い。実際に、和布刈神社や常陸国出雲大社の“躍進”は、そうなっていくだろうことをかなり裏付けている現象だろう。