しかし、1950年代以降、生産と技術の問題が時計会社の社長たちの関心を集めるようになった。そのような中でも、ハンス・ウィルスドルフとアンドレ・ハイニガーは、エミール・ボーラーとハリー・ボーラーがそうであったように、自問自答する必要はなかった。

 彼らは、他のブランドよりも30年近く早くJWT(編集部注/アメリカで生まれた世界初の広告代理店。“世界の運命を導く男たちはロレックスを身に着けている”というスローガンを掲げたキャンペーンを展開)と協力したおかげで、ブランドの発展とユニークなコンセプトの創造に集中することができた。彼らは夢づくり戦略の実行に集中した。

高嶺の花と思いきや
意外と手が届く値段設定

 ロレックスの2つ目の優位点は、新しい市場を特定したことにある。

 それは、アクセシブル・ラグジュアリーという、古典的なラグジュアリーのコードを取り入れて、無形の価値を体現する特定の製品を消費することを通じて社会的な差別化を図るとともに、高価格帯に対する心理的な距離を縮小するというセグメントである。

 ロレックスの時計は高価かもしれないが、中流階級には手が届かないものではない。一般消費者がいつかは手に入れたいと願う、ある種の夢のような製品なのだ。

 それまでは、パテック・フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタンに代表される高級時計は、オートクチュールや宝飾品にも見られるような古典的なビジネスモデルに従っていた。

 一方、ロレックスは、1950年代後半に中流階級にも手の届く贅沢をもたらした。ロレックスは、このようなポジショニングがもたらす可能性を理解した最初の時計会社であっただけでなく、ラグジュアリー産業全体においても最初の会社の1つであった。

 実際、イヴ・サンローランのような一流のファッションデザイナーやカルティエのようなジュエラーが、アクセシブルな製品をラインナップに加えるようになったのは、1970年代に入ってからのことである。

 LVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)グループもまた、世界市場に向けたアクセシブル・ラグジュアリーの戦略に基づいて1987年に設立された。ロレックスのパイオニア的地位は時計製造の面だけにとどまらない。ロレックスは、現代のラグジュアリー産業の主要な創造者の1人である。