1960年代後半に開発された新しいビジネスモデルは、無形デザイン戦略(コンセプトの表現としての製品)へのシフトに対応しており、今日に至るまで新たな挑戦を受けていない。

 もちろん、ロレックスはそのコミュニケーションと製品を時代の精神に適合させてきた。例えば、レディースウォッチに以前よりも着目するようになったが、とはいえ、常に既存のコンセプトと美学の枠組みの中で、でのことである。

 本社機能のジュネーブ一極集中や外部部品製造の垂直化といった生産システムの変革も、ロレックスの競争力を強化する重要な一歩であった。しかし、ロレックスの戦略的ポジショニングが変わることはなかった。今日、この継続性がロレックスに他のブランドにはない、唯一無二の正当性を与えている。

当時は画期的だった
生産と販売の分業

 歴史的分析では、ロレックスが世界有数のラグジュアリー・ブランドとなり、時計産業における議論の余地のないリーダーとなることを可能にした2つの主な優位点が浮き彫りにされている。

 第一の優位は、製造と販売の分離に由来する。

 ウィルスドルフはセールスマンだった。1908年にロレックス・ブランドを立ち上げたときから、彼の会社は販売に重点を置いていた。彼は市場、顧客、そして彼らのニーズを熟知し、彼らの期待に応える時計を提供しようとした。具体的なデザインは販売戦略の主要な要素であり、ブランド管理でもあったからだ。

 しかし、ムーブメントの生産は彼の関心事ではなかった。ビエンヌのパートナー、エグラー・ボーラー一族が経営するロレックス製造が生産を担当した。彼らは野心と成功をもって、モノづくりの原則に基づいた会社経営を追求した。ロレックスのムーブメントは瞬く間に天文台のクロノメーターコンクールで賞を獲得し、何千ものクロノメーター証明書を蓄積した。

 このような生産と販売の分離は、ロレックスほどの規模の企業としては、スイスの時計産業においても、また世界的にもユニークなことである。1980年代までは、ロンジン、オメガ、IWC、ゼニスなどといった他の大手時計メーカーの社長は、自社の生産と世界各地での販売活動の両方を監督しなければならなかった。