ロレックスが示した
高付加価値企業への道

 最後に、ロレックスの独自性の高い歴史から、日本の産業界はどのような教訓を得ることができるのだろうか。時計産業であるかどうかにかかわらず、日本企業に適用できる教訓はあるのだろうか。重要な3点を紹介しよう。

 第一に、ロレックスの事例は、企業がどういった組織であり、何を体現しようとしているのかというコンセプトと感情的価値観を開発する必要性を浮き彫りにしている。

 ゆめづくりはこのコンセプトから生まれる。もちろん、そのコンセプトにはロレックスが生産する製品も含まれるが、それだけにとどまらない。ロレックスにとってのエクセレンス、ディオールにとってのファッションにおける芸術的革命、イケアにとっての民主的で平等主義的なシンプルなデザイン、カルティエにとっての愛の普遍性。これらのコンセプトはすべてブランドのヘリテージであり、このヘリテージに基づいて付加価値が生み出されるのである。

 第二に、ロレックスが成功したのは、その歴史を通じて特に強力なリーダーシップがあったからである。

 さまざまなCEOがブランドに対して長期的なビジョンを持っていた。アンドレ・ハイニガーが開発したコンセプトは、彼の後継者たちによって現在に至るまでそのまま維持されている。破壊的なコンセプトは、ミドルマネジメントの合意による提案の結果ではなく、企業のトップであるリーダーによって開発されるものである。

『ロレックスの経営史-「ものづくり」から「ゆめづくり」へ』書影『ロレックスの経営史-「ものづくり」から「ゆめづくり」へ』(ピエール=イヴ・ドンゼ、大阪大学出版会)

 第三に、業界を改革するために、外に新しい資源を見つける必要がある。

 ロレックスにとっては、アメリカの広告代理店JWTがそうであった。JWTは時計産業について何も知らなかったが、それまでモノづくり戦略に従っていた時計産業に新しいアイディアをもたらすことができた。ディスラプションは、既存のビジネス以外の発想とアイディアの活用から生まれる。

 実際、1990年代以降、ヨーロッパのラグジュアリー産業が驚異的な成長を遂げたのは、LVMHのベルナール・アルノーなど、高級品の職人ではない企業家の行動の結果である。

 彼らは、古典的なラグジュアリー製品をブランドのヘリテージを表す商品に変える可能性を理解していた。彼らは、それまでモノづくりしか信じていなかった業界に、ゆめづくりという新パラダイムを導入したのである。