人に教わることをそのままやるのではなく、自分のやり方に消化してしまうのである。

 知らず知らずのうちに、「自分好みに」変化させている。

 我々の世界もそうだ。

 師匠と弟子の制度があるとはいえ、かなり減っている。

 これも時代の流れと言えるだろう。

 芸について先輩から直接指導を受ける機会はもうないと言っても過言ではない。

 ではどのように芸を盗むのか。

 舞台袖で見る。

 気になった先輩の舞台を見る。

 その経験から自分ができそうなスキルに転換するのである。

 また後輩の舞台も見る。

 舞台袖から見る。

 芸に後輩も先輩もない。

 気になってしまった芸人の舞台は私だけではなく、みなさん見ている。

 見るだけで、質問をするようなコミュニケーションを取ることはない。

 見て自分で消化するだけである。

 ただ、全芸人に言えることだが。

「見たままやることはない」

 いわゆるパクることがないのだ。

書影『学力よりコミュ力』(菅 広文、PHP研究所)『学力よりコミュ力』(菅 広文、PHP研究所)

 芸人はパクることを何よりも恐れている。

 つまり「パクらないように見ている」と言ってもいい。

 被らないように見ているとも言えるだろう。

 一方でテレビである。

 テレビでは人柄やコミュニケーションが求められる。

 だからテレビ芸としてコミュニケーションが必要になってくる場合もある。

 ただ、それが最近におけるテレビの衰退につながっている側面は否めない。

 テレビを観ている方々からすれば、あまり関係のない、説明が足りない場面が幾分かあることだろう。

 いわゆる「内輪ネタ」に見える要因ではないか。

 だからネタ番組が重宝されるのかもしれない。

 たしかに芸人だけ特殊なテレビの出方をしているのかもしれない。