ニュースな本渡辺恒雄氏 Photo:SANKEI

プロ野球史に残る大騒動となった二〇〇四年の球界再編問題。その渦中で渡辺恒雄は、「たかが選手が」と発言し、世間から集中砲火を浴びた。当の本人はあの批判をどう受け止めていたのか?渡辺の言葉と関係者の取材から浮かび上がったのは、経営者としての論理と義理人情のあいだで揺れ動く渡辺恒雄のもう一つの顔だった。※本稿は、NHK大阪放送局報道番組チーフ・プロデューサーの安井浩一郎『独占告白 渡辺恒雄 平成編 日本への遺言』(新潮社)の一部を抜粋・編集したものです。

渡辺恒雄が「たかが選手が」と
口走ってしまったワケ

 日本プロ野球界最大の危機と言われた球界再編問題の背景には何があったのか。東京大学名誉教授の御厨貴は渡辺の経営者としての視点とファンの心理の大きな乖離を指摘する。

「渡辺恒雄さんの経営の論理とファン心理の間に、ものすごいギャップがありました。監督と選手、選手同士の関係というものが、多分渡辺さんには分からない。全部指揮命令系統で動くものだと思っている。つまり渡辺さんというオーナー、球団社長や代表、監督というヒエラルキーの中で、選手というものは一糸乱れず動くべきというのが、多分彼の中のイメージです。

 根本的なところで言うと、渡辺さんは野球に愛情がないんですよ。野球が好きだとは言えない。野球が彼自身の理解の及ばないところにある。そうすると渡辺さんの特徴なのですが、勉強するんですよ。だから渡辺さんの野球というのは勉強した野球なわけです。野球を理屈で実践している。政治などと比べると、彼にすれば我慢して勉強して理解していった域です。真面目なんですよ。