渡辺の目論見は外れ
巨人一強の時代は終焉
球界再編問題の後、日本プロ野球界は大きく変貌した。巨人軍の圧倒的一強体制、セ・リーグ優位の構造が変化しているのだ。
巨人軍は二〇二四(令和六)年時点でも依然として、一二球団の中で「一番好きなプロ野球チーム」に挙げた人の割合が一九・八%と二位の球団に倍近くの差を付ける人気球団であることには変わりはないが(注1)、三割から四割の人気を一球団で独占していた二〇〇〇年代前半と比べ、その人気は低下傾向にある。
パ・リーグでは、日本ハムの人気が二〇〇四(平成一六)年の北海道移転後に四倍近く上昇し、ソフトバンクもダイエーからの経営移管後に上昇している。
二〇〇四年の球界再編問題以降、各球団の地域密着志向やファンサービス重視などの独自の取り組みにより、球団の人気は分散傾向にある(注2)。
「一番好きなプロ野球チーム」のリーグ別小計では、二〇〇四(平成一六)年にセ・リーグが六一・八%、パ・リーグが九・〇%と圧倒的な開きがあったが、二〇二四(令和六)年にはセ・リーグが四五・八%、パ・リーグが一五・三%と、両リーグの差は縮まる傾向にある(注3)。
日本シリーズでの対戦成績でも、パ・リーグに勢いが見られる。二〇〇四(平成一六)年以降、二〇二四(令和六)年までの二一回の日本シリーズでの対戦で、パ・リーグは一五勝六敗とセ・リーグを圧倒している。
巨人軍が球界の盟主として圧倒的な存在感を放っていた時期から、人気・実力とも各球団の様相は大きく変化しているのだ。
オリックスオーナーの宮内義彦は二〇〇四(平成一六)年の一連の動きについて、一本杉の巨人、巨人に頼るセ・リーグ、慢性赤字体質のパ・リーグという球界構図について、「一本杉が枯れ始めて、一対五対六という構図が変わろうとしている(注4)」と述べている。
(注1)「第三二回『人気スポーツ』調査」、中央調査社、二〇二四年。
(注2)『中央調査報』(No.七六五)、中央調査社、二〇二一年、七一九頁。
(注3)前掲「第三二回『人気スポーツ』調査」
(注4)宮内義彦「インタビューオリックス宮内義彦オーナーが語った『球界改革は頓挫した』」『論座』二〇〇四年一二月号、朝日新聞社、五二頁。
オーナーは自球団だけでなく
野球界の未来も考えなくてはならない
渡辺が繰り返し熟読した野球協約には、協約の目的として第三条に「わが国の野球を不朽の国技として社会の文化的公共財とするよう努め、野球の権威及び技術に対する信頼を確保するとともに、わが国におけるプロフェッショナル野球を飛躍的に発展させ」ることが掲げられている。
一方で日本の野球人口は減少の一途を辿っている。
年一回以上野球を実施した推計人口の推移を見ると、二〇〇四(平成一六)年の四五八万人が二〇二二(令和四)年には二六八万人と、四〇%以上減少しているのだ(注5)。
『独占告白 渡辺恒雄 平成編 日本への遺言』(安井浩一郎、新潮社)
野球が「社会の文化的公共財」であり続けるために、プロ野球が果たす役割は極めて大きい。
昭和の時代、水面下で日本政治に深く関与していた渡辺は、平成期に入ると巨人軍オーナーというもう一つの顔で、名実共に多くの人々の耳目を集める存在となった。時に物議を醸すこともあったその言動で、渡辺の強烈なイメージは人口に膾炙(かいしゃ)していった。
一方で“本籍地”である政治の世界で渡辺は、昭和の時代を遥かに上回るスケールで、当事者としての働きかけを強めていく。
(注5)笹川スポーツ財団「スポーツライフに関する調査報告書」(二〇〇〇―二〇二二)







