ロシアやイランとのエネルギー取引を
理由に第三国に高関税、報復や制裁の代替手段

 対ブラジル課税と同じ発想は、ロシアやイランとのエネルギー取引を理由に、第三国に高関税を課すという構想にも明確に表れている。

 25年から26年初頭にかけて、米上院ではロシアへの制裁を強化する法案が審議され、その中には、ロシア産の原油や天然ガスを購入する国に対して、最大500%の関税を課すという極めて強硬な内容が盛り込まれた。

 26年1月初旬、共和党のリンゼー・グラハム上院議員は、トランプ大統領がこの法案にゴーサインを出したとSNS上で明らかにした。ここで標的とされたのは、ロシアとのエネルギー取引を続けるインドや中国、ブラジルなどの第三国だ。

 さらに、イランの国内情勢を理由に、イランと取引を行う国に対して関税を課すということも発表された。26年1月12日、トランプ大統領は、イラン国内で大規模な反政府デモが続く中で、イランと取引を行う国に対して25%の関税を上乗せすると表明した。

 だがこれは、従来、アメリカが非難してきたイランの核開発問題や制裁違反とは直接関連のない、イランの国内政治情勢を理由としたものだ。

 これらの措置に共通するのは、関税がもはや「産業政策の道具」としては用いられていないということだ。関税は、制裁や報復を代替する手段として政治的なメッセージを発するためのカードへと変質したのだ。

「関税の政治化」は投資判断に不確実性
企業は萎縮、国際経済秩序は不安定化

 だが「関税の政治化」現象は、企業の投資判断に大きな不確実性をもたらす。

 関税の対象が経済条件ではなく、政治的判断や権力者の好き嫌いという感情によって左右されるのであれば、サプライチェーンの合理的な編成や長期投資は、極めて困難になる。

 また、これまでの同盟国でも「今日は標的でなくても、明日は標的になるかもしれない」という心理的圧力が常に働く。

 直近のグリーンランド領有に反発するNATO諸国に対する関税の賦課は、そのような危惧が決して杞憂(きゆう)でないことを示している。

 トランプ関税政策の転換とは、経済政策としての挫折を、政治的威嚇手段への転用で覆い隠す過程にほかならない。国内支持層に向けたパフォーマンスとしては分かりやすいが、その代償は、国際経済秩序の不安定化と企業活動の萎縮化として表れる。

 仮にトランプ関税による政治的威嚇がなんらかの“成果”をアメリカにもたらしたとしても、われわれは、そうした短期的な政治効果ではなく、長期的な経済合理性と国際秩序の安定という観点から、関税政策の変質を冷静に評価する必要がある。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)