初代デリカミニが出た頃に、今回のフルチェン版はほぼ固まっていた
藤:実はもう決まっていたんです。初代を出すのと同じタイミングで、初代が市場に出る頃には、次のベース車両の話は、デリカミニを折り込み済みで企画としてどんどん進んでいたんです。
F:それじゃ2年前、藤井さんに初代デリカミニのインタビューをした時には……。
藤:ほぼほぼ固まっていましたね、次のやつが(笑)。
F:ひどい。何も言ってくれないで!
藤:言えるわけがないじゃないですか(苦笑)。
F:じっくり待って、ベース車両が新しくなった今回のタイミングで、初めてデリカミニをデビューさせるという選択はなかったのですか?その方が、より練り上げてから出せますよね。
藤:正直、待てなかったんです。会社の雰囲気としては、「次のタイミングまで待とう」ではなく、「いますぐ何とかしろ」という空気が強かった。当時のeKクロススペースの販売がいまひとつ芳しくなかったし、これから三菱としていろんなクルマをどんどん出していこうという大きな流れの中で、ノンビリしている場合じゃないだろう、と。
F:なるほど。そんな空気が。
藤:「とにかく何か造れ!」という、圧力……と言ったら言い過ぎですが、間違いなく高い「熱量」があった。そういう状況の中で、ベース車両があるなら、そこに“デリカらしさ”をどう織り込むかを徹底的に考えて、先代のデリカミニを造った、ということです。
F:なるほど。「待てない。いますぐやれ」。そうした社内のムードが、初代を言わば前倒しでデビューさせる理由だった。
藤:はい。ですから先代のデリカミニは、限られた条件の中で、いかにしてデリカらしく見せるか、お客様にデリカを感じていただくか。そこが企画のキモでした。だから変更の範囲も限られていましたし、やりたいこと全てを盛り込めたわけではありません。
でも逆に言うと、限られているからこそ、何を優先してどこで“らしさ”を追求できるのか。板金は変えずに、バンパーやランプで表情をつくる。内装も大きくは変えられない中で工夫する。タイヤをワンサイズ大きくする。そうしたひとつひとつの積み重ねで“デリカミニ”に仕上げた、というのが正直なところなんです。
F:それが結果として大ウケした。三菱が国内で売るクルマの3台に1台という、押しも押されもせぬ金看板になった。残価率もN-BOXを楽勝で超える高い評価のクルマになった。大成功のバンバンザイ、と。
今回重視したのは「デリカミニとして何を守るか」
藤:バンバンザイで済めば良いのですが……(苦笑)。売れて、高い評価もいただいて、さらに残価率でも強いとなると、「次に何を出すか」の責任がいっそう重くなります。先代は限られた条件の中で“デリカらしさ”をどう織り込むかの勝負でした。できることが限られていたからこそ、優先順位を明確にして、やるべきところに集中できたという面もある。
でも今回はフルモデルチェンジです。できることが格段に増える。自由度が上がる。もちろんそれはありがたいことですが、自由度が上がるということは、判断しなければいけない項目が増えるということですよね。だから我々はまず「デリカミニとして、何を守るのか」を先に決める必要がありました。ここがブレてしまうと、いくら良いモノを詰め込んでも、まったく別のクルマになってしまう。
先代は既存のベース車両を、“どうやってデリカに見せるか、どうやって感じてもらうか”が出発点でした。ですが今回は、最初から「デリカミニというクルマを、どう設計するか」です。先代の延長で何となく造るのではなく、もう一段深いところで「デリカミニとは何か」を確認しながら進めました。







