被害を大きくしたのは、津波です。東日本大震災による死者は1万8000人をこえるという甚大なものでした。1995年に発生した阪神・淡路大震災の死者6434人を大きく上まわり、戦後最悪の自然災害となりました。死因の約9割は、津波による溺死でした。

 地震発生から3分後の午後2時49分、気象庁は岩手県、宮城県、福島県に大津波警報を発表します。ただし、当初想定された津波の高さは3~6メートルでした。ところが波浪計のデータからそれ以上の津波が到来しそうなことがわかり、午後3時14分(地震発生から28分後)に津波の高さ予想を6~10メートル以上に更新しました。

 午後3時30分には、さらに高く更新しています。

 しかし、最初に発表された高さ予想や、それほど高くなかった第一波の観測情報だけを聞いて、それほど高い津波は来ないのだと“過小評価”した人たちが多くいたといわれています。更新された情報が伝わらなかったのです。

 実際には予想以上に高い津波が各地の防潮堤を乗り越えて沿岸部を襲ったため、逃げ遅れた多くの人たちが犠牲になりました。

東日本大震災によって
「大地変動の時代」が始まった

 東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震はあまりに巨大な地震だったため、その余震も規格外に大きく、数も多く、期間も長いものになりました。

 本震がM9.0と巨大だったため、余震であってもM7クラスの地震が頻発しました。

 本震と同じ震源域で発生した典型的な余震のほか、本震によって誘発されたと思われる広い意味での余震も多数発生しています。

 たとえば明治三陸地震の37年後にアウターライズ地震(編集部注/プレートの境界をはさんで陸地より遠い海域で起きる地震)である昭和三陸地震が誘発されたのと同じように、東北地方太平洋沖地震でも本震の約30分後にアウターライズ地震が発生しています。

 また、本震の震源域から遠くはなれた内陸でも地震が誘発されています。本震の翌日に新潟県と長野県の県境付近で起きたM6.7の地震はそのひとつです。