複雑なプロeスポーツに参戦し
プロを圧倒したボットの実力

 バトルは長く続かなかった。イシュトンは開始直後にオープンAIのボットに兵士を攻撃され、「姑息なボットめ!」と叫んだ。

 オープンAIのアバターはほんの数分でイシュトンのアバターを破壊し、満足げに赤く光った。イシュトンは1戦目を落とし、2戦目は降参し、3戦目を「強すぎるよ」と言って放棄した。

 イシュトンのすぐそばに、黒いVネックのTシャツを着た坊主刈りのブロックマン(編集部注/グレッグ・ブロックマン。オープンAI共同創業者・社長)が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。「僕らのプロジェクトの次のステップを説明させてください。次は、5対5のチーム戦です」と言い放つと、観客から大歓声が上がった。

 ブロックマンの隣にいたのは、童顔のポーランド生まれのAI研究者、ヤクブ・パチョッキだ。ハーバードの博士研究員を経て、2月にドータチームのリーダーとしてオープンAIに入社した逸材である。

 パチョッキはニキビ痕の残る顔でニコニコしていたが、この宣言を聞いたとたんブロックマンをちらっと見て、不安に顔をかすかにこわばらせた。ブロックマンはチームの誰にも計画を明かしていなかったのだ。

 ドータ2でのオープンAIの勝利は、文化的に言えば、世界競技人口が数千万人にも上る囲碁でアルファ碁がイ・セドルからもぎ取った勝利とは比べものにならない。

 だがマスクはすかさず、オープンAIの勝利の方が大きいと主張した。「オープンAIは、プロeスポーツの世界トッププレイヤーに史上初めて勝利した。チェスや囲碁のような伝統的な盤上遊戯よりもケタちがいに複雑なゲームだ」とツイートした。

組織の実力を証明したオープンAI
営利組織への転換計画が動き出す

 ドータ2ボットの性能が高まり、人間との1対1のバトルでの勝利をひと月後に控えた2017年7月、サツキヴァー(編集部注/イリヤ・サツキヴァー。オープンAIの共同創業者・首席科学者)はオープンAIの最新状況を説明するメールをマスクに送り、オープンAIがまもなく「営利構造の設計を始める」と書いた。

 マスクを含む共同創業者たちは、営利組織への転換を模索しながら、「誰が」その組織の指揮を執るかを長時間かけて話し合った。

 マスクはオープンAIの過半数の株式と、理事会の支配権、CEOの肩書き、そしてオープンAIの全面的な指揮権を要求した。だがサツキヴァーとブロックマンは、マスクがオープンAIにあまり時間をかけられないのではないかと懸念した。