知の巨人である東大教授たちが集まり、未来のテクノロジーを解き明かす対談。今回のテーマは世界をアッと驚かす事業を次々と展開する天才実業家イーロン・マスクの「ヤバさ」について。イーロンはなぜ何歩も先の未来を予測してビジネスを展開することができるのか。果たして教授たちの見解は……。本稿は、瀧口友里奈・編著『東大教授が語り合う10の未来予測』(大和書房)の一部を抜粋・編集したものです。
イーロンの驚くべき
ビジョンと世界観
瀧口友里奈(経済キャスター)、合田圭介(東京大学大学院 理学系研究科 化学専攻)、加藤真平(東京大学大学院 情報理工学系研究科 コンピュータ科学専攻)、松尾豊(東京大学大学院 工学系研究科 人工物工学研究センター 技術経営戦略学専攻)、暦本純一(東京大学大学院 情報学環 学際情報学府)
瀧口 テーマは「イーロン・マスク*1はヤバい人」です。「マスクはヤバい」というのは松尾先生がおっしゃっていた表現です。
*1[イーロン・マスク]
1971年南アフリカ共和国生まれの実業家・エンジニア。米航空宇宙メーカー「スペースX」、米電気自動車メーカー「テスラ」などのCEO。2023年にはTwitterを買収し「X」として運営。
加藤 マスクの納税額が日本円で1.2兆円にのぼり、総資産がトヨタの時価総額を上回った、といったニュースもありましたよね(2021年末)。
瀧口 一般的には、そういった資産家としてのイメージと、「テスラ(TESLA*2)」のイメージが先行しているように思いますが、それだけではないということですよね。
*2[テスラ]
2003年に設立されたアメリカの電気自動車、太陽光発電、再生可能エネルギーを提供する企業。2008年からイーロン・マスクがCEOに。100万台以上の電気自動車を販売している。2021年には人型ロボットを開発すると発表。
松尾 そうですね。最近は脳科学の分野にも進出しています。
瀧口 ブレイン・マシン・インターフェイス(脳波などの脳活動でコンピュータなどを操作する)を開発する「ニューラリンク(Neuralink*3)」ですよね。一般的には電気自動車の「テスラ」のイメージが強いかもしれませんが、脳科学の分野もやっているんですよね。
*3[ニューラリンク]
2016年にイーロン・マスクらが共同設立したアメリカの脳デバイス企業。脳にチップを埋め込み、脳の信号を読み取ってコンピュータなどと通信する「ブレイン・マシン・インターフェイス」という技術を開発している。
加藤 マスクって、技術的なことはどれくらいわかっているんですかね?
合田 もともと物理学を学んでいたので、すごくよくわかっていると思います。彼はディープテック(最先端の研究成果)をうまくビジネスに変えたんですよ。
加藤 そうですね。マスクがすごいのは、どれだけ赤字になっても、どんどん前に進めていくところだと思うんですよ。
瀧口 だから時価総額もどんどん上がっていきますよね。
加藤 そう。ディープテックってそういう世界ですよね。すぐには売れないかもしれないけれど、きちんと技術開発を進めると、世界を変えるようなすごいことになる。PayPalのような先進的な電子決済の仕組みを作ったのも、はるか昔の話です。
合田 投資家も「それでよし」と言っている。
瀧口 「よし」と言ってもらうような力も持っていますよね。
合田 シリコンバレーならではの考え方でしょうね。日本だとすぐに黒字化を要求されるでしょうから。
瀧口 ところで、松尾先生は「ヤバい人」っていう表現はどういうところから思われたんですか。
松尾 月並みですけど、やっぱりビジョンがすごいですよね。20年ぐらい先を見抜いて、それを信じてやっている。そして、その世界が後からついてくる。その間、お金が足りなくなったりするけれども、なんとかしのいでやっていて、見抜いている世界観はやはりすごいですよね。