栗栖 まあ、ハードといえばハードだよね。べつに変なあれはないけどさ。

政代夫人 当時は今みたいにナビがないから、前の日に「明日はここだ」って猪木さんから言われた場所を地図でじっと見てたよね。

栗栖 地図を見るのは前の日だけね。俺は方向音痴だからさ(笑)。

猪木の実母から言われた
「寛至をよろしくお願いします」

政代夫人 シリーズ中もシリーズが終わってからも、猪木さんが何か用がある時は常にクルマで送り届けることをしてたんですよ。ただ、あの当時、猪木さんはシリーズが終わったらよく外国に行ってたじゃないですか。猪木さんが外国に行ってる間だけは気が休まるので、空港まで送り届けたあと帰宅すると、「ああ、行ったあ」って感じでね。

――やっぱり気が休まるのは、猪木さんが海外に行ってる時だけだったんですね。

栗栖 でも、よくしてもらったよ。俺はずっと一緒だったからさ。猪木さんは俺には本音でしゃべってくれたし。他の人にはオブラートに包んでしゃべったりするけど、俺には単刀直入のしゃべり方をするんだもん。だからどっちがいいのか悪いのかは知らないけどさ。そういう感じだったね。

政代夫人 昔は、ブラジルから猪木さんのお母さんもけっこう日本に来られていて、猪木さんもオフになったらブラジルに帰ってたじゃないですか。それで新日本の事務所の下に喫茶店があって、そこで猪木さんのお母さんと一緒になったことがあったんですけど、「寛至をよろしくお願いします」って言われてね。こっちこそお世話になりっぱなしやのに。

栗栖 お前はただ声をかけられただけだろ?俺は小遣いをもらったよ。

政代夫人 あっ、そうなの?(笑)。

栗栖 お母さんからもらったよ。「いやいやいや……」って断ろうとしたんだけど、俺がクルマを出してる時だったから、どうしても断れなかった(笑)。

面倒見のよい栗栖の自宅には
たびたび若手選手の姿が

 栗栖は79年にメキシコ修行に出発する前まで猪木の運転手を務め、82年初頭に帰国後は、夫人の実家がある大阪に居を構えたが、メキシコに行くまではいつでもクルマを出せるように世田谷区野毛の道場近くに住んだ。