栗栖 だって練習ばっかりだもん。ナマクラはいないよね。そういう意味ではみんな「レスラーは練習してなんぼ」っていうのがわかってたから。その練習だって手抜きじゃないんだよ。俺らはそこで育って幸せよ。今やってる後輩なんかも幸せだと思うよ。あそこで育ったレスラーは、どこに出しても恥ずかしくないと思う。

超多忙な猪木も
トレーニングだけは欠かさなかった

――昔の新日本出身者は、息の長いレスラーが多いですよね。

栗栖 なんでかって、練習してるからよ。それしかないでしょ。だって練習しないヤツは途中でぼしゃるでしょ。猪木さんなんかものすごく忙しい人だったけど、トレーニングだけは欠かさなかったからね。夜中でも道場に来て練習してたし、試合が終わったあともちゃんとやってたよ。それだから、あそこまでのレスラーになったんだから。

政代夫人 私らはメキシコから帰ってきたあとは、私の実家のある大阪に住んだんで、シリーズが終わったら大阪に帰ってきてたんです。何日か休んだあと、また次のシリーズに向けた練習が始まるので東京に行くんですけど、この人、「1日、2日くらい遅れてもいいだろ」って言って、家にいたんですよ。そしたら坂口さんから電報が来るんですよ。「レンシュウニサンカセヨ」って(笑)。

――さすが坂口さん、細かいですね。選手の出欠確認までするという(笑)。

書影『アントニオ猪木と新日本「道場」最強伝説』(藤原喜明、宝島社)『アントニオ猪木と新日本「道場」最強伝説』(佐山聡、藤原喜明、木村健悟、藤波辰爾、栗栖正伸)

栗栖 あの人、そんなことしてたの?てめえだって練習しねえくせにさ(笑)。あの人、体が大きくて足も長いからヒンズースクワットやるのも大変でやらねえのよ。俺はまだ足が短いからヒンズースクワットができるけどさ。

――栗栖さんは、ずっとお尻を下までおろすフルスクワットをやられてたんですよね?

栗栖 そりゃそうですよ。それが猪木さんの教えだしね。

――では最後に、栗栖さんにとって新日本道場というのはどんな場所でしたか?

栗栖 どこよりも素晴らしい場所ですよ。いい後輩に恵まれたし、あそこがあったから切磋琢磨して今があると思うしね。そういう意味では幸せだったよね。やっぱり猪木さんに感謝せにゃあかんね。やっぱりいい人と知り合って、いい人と思い出をつくるのが人生。俺にとってはそれがあの道場だったってことですよ。